公教育のサバイバル戦争。-立命館岐阜の場合-
1/19(月) 岐阜に、岐阜商業っていう野球の強い学校がある。この学校が、立命館の附属高校にあるのかならないのか・・・でもめているそうや。。。今の教育界は、少子化問題から、生き残りを賭けた闘いが続いている・・・。魅力のない学校は、志願者が激減し、学校教育そのものが成り立たなくなる。言ってみれば、サバイバルレースの、真っ直中にある・・・とも言えるのやね。。。
岐阜の場合、公立だから、校舎の改築、施設の充実がなかなか出来ない・・・っていう難しい部分はある。。。立命になったら、真新しい建物がバンバン建つ。。。かも知れない。その代わり、公立が私立になるのやから、授業料は格段に上がる。歴史のある学校なら、校風がガラッと変わってしまうという卒業生の心配もある・・・。
京都の場合でも、義務教育ではない高校教育は、私立で特に厳しい。京都の教育レベルでは、洛南やら洛星などの進学レベルの高い高校が上にあって、その下に公立、その下に私立という、偏差値サンドイッチ状況が続いていたのやね。。。このままでは生き残れないと危機感のある下位の私立は、男子校だったのが共学になったり、国公立を目指すレベルの高いクラスを新設して、全体の底上げを図ったり、必死の改革に取り組んでいる状況や。。。
そんななかで、熱心なのが、有名私立大学との系列化である。昔から、東山高校は京都産業大学に多くの生徒が行ける枠を特別に作っていたり、というのは有ったけど、光華学園女子高校が関西大学のパイロット校になったり、宇治高校が立命館宇治になったり、平安高校が龍谷大学付属になったり、企業のM&Aとまでは行かないまでも、系列化を進めて、何とか、生徒の確保につなげようという動きは、盛んになってきている。
同志社や立命館が附属の小学校まで開校しているのも、早く優秀な生徒を囲い込んで行こう・・・という計画の一端なんやろう。。。公立校でも、京都では嵯峨野高校やら堀川高校、西京高校などで、中高一貫やら、特別な科を作って、優秀な生徒を確保したい・・・という動きは盛んである。
全国的に見ても、日本大学やら、東海大、などのマンモス大学は、各地に附属高校を作って、ピラミッド的な学内組織の充実に必死である。。。私立のこのような動きに比べて、公立は、やや防戦一方・・・という点は、やはり否めない。。。冒頭の市立岐阜商業の話も、有る意味、公立高校の経営を行政がする・・・ということを、放棄してしまったケースとして、市民にとらえられていて、市民側が18万人もの存続嘆願署名を集めるという騒ぎにまで発展した・・というのが現状やろう。。。
まぁ、立命館からしたら、請われて名乗り出たのに、何や・・・と、戸惑っている感じやろう。。。あんまり、もめるのやったら、白紙に戻す・・・というのも、しゃあないと思うで。。。悪者になってまで、買収をやりたくはないやろうからね。。。立命の名前に傷が付くのも良しとせんやろう。。。
ただ、教育施設や大学の誘致っていうのは、ことのほか、経済効果が地元に有るものなんやね。。。滋賀県は立命館やら龍谷大学に広大な土地を無償提供までして、誘致に成功している。何万人もの学生がやってきて、多くの大学関係者も近くに住居を求め、その人たちは、生活のために、その地で食を求め、住まいを求め、金や雇用を生む。。。のやね。。。
だから、地元経済にとったら、無視できない存在っていうのが、教育施設なんや。。。ところが、少子化はどんどん進む。。。親にとって、授業料が格段に安い公立は、大変有り難い存在なのやけど、私立には、私立の良さが当然ある。公務員的な、事なかれ主義に染まった先生は少なく、教師同士が競い合った関係にある。高い授業料をいただいているから、それに見合った教育を提供しなければならない・・・という真剣さが、公立よりも高い・・・。就職や進学にも、より熱心・・・なんていうのも、有るやろう。。。
でもね、私は、国や行政が、国民に対して、責任を持ってやるべき仕事・・・っていうのが、有ると思うのやね。。。それは、ゴミ収集や道路、上下水道などの生活サービス、警察消防などの治安維持、生活困窮者などへの福祉、病気になった人への医療、そして、未来を担う子供たちへの教育・・・これだけやと思うのやね。。。
特に、公教育っていうのは、ある一定の基準で行われるべきもので、国として、最低限、これだけは知って大人になって欲しい・・・っていう部分が大事やと思うのや。。。どこかの国の民族学級が、我々の敬愛する金正日主席・・・っていうのを、一生懸命子供たちに何度も何度も、教え込んでいるように、日本は日本人なら、最低限、これだけのことは、子供たちに知っていて欲しい・・・っていうのがあるはずなんやね。。。これが国家の意思であり、日本が文科省っていう役所を作っているたったひとつの意味なんやから。。。だから、その大事な教育を全部、民営化してしまって、私立ばっかりにするのは、国が国民の教育との関わりを放棄することにも繋がってしまう・・と思うのやね。。。
教育は国家の基本である。大人たちが子供たちに教えること。これをしっかり決めること。これを手放したらアカン。。。子どもの将来に責任を持つことを、大人達はもっと自覚すべきやろうし、いまどきの大人たちが、全般的に、親も先生も、だんだんと、あんまり、教育に無関心になっていっているのは、大変、残念なことや。。。公教育を守れっていう、岐阜の人たちの意見。大事にしないとアカンと思うで。。。岐阜って、確か、教育熱心な県やったと思うし。。。