結局は人気取りのため。。。八百長騒動の顛末
10/6(月) 相撲が八百長であるかどうか・・・。私には、あんまり関心がない。。。相撲という国技が、いつも、真剣勝負でなければならない・・・という必要性も、私には感じないからね。。。客が枡席で、お弁当食べて、酒呑んで見てるのやから、お芝居やらと、同じ「見せ物」である・・・と考えた方が判りやすいからね。。。
前にテレビで、地方場所を特集して放送をしていたけど、力士同士が、面白、おかしく場内の笑いを誘うような取り組みをする、しょっきり・・・ってあるやないですか。。それにチビッコ力士が何人もかかって、大きな力士に立ち向かうヤツ・・・とか、いちばんひ弱そうな子どもに、わざと負けてあげて、場内をドッと、沸かせるヤツ。。。あれって、相撲を十分、パフォーマンスとして見せるショー的な要素の強いものやと思うのやね。。。
それに、地方場所での取り組み・・は、本場所と比べたら、ぜんぜん真剣味が違う。。。と、誰だって感じるはずや。。。それやのに、地方場所は手を抜いて、本場所はガチンコ・・・って言われたってねぇ。。。みんなで、売り出したいスターがいたら、ソイツにわざと、勝たせてやって、人気を上げる。ふてぶてしい態度を取る力士は、悪役に徹して、これまた場を盛り上げる。。。それで、アカンのかね。。。
プロレスやらボクシングと同じ・・・と思ったら、そんなに腹を立てるようなことでもないからね。。。プロレスの試合で、八百長や・・・と叫ぶ人はいないやろうからね。。。昔、プロ野球の黒い霧事件とかも有ったけど、プロスポーツの選手達は、そのスポーツばっかりやっているのやから、有る意味、抜き方・・・もうまい。どうしたら、手を抜いているように見えずに、素人に見破られずに、済むか。。。こんなの、お茶の子サイサイ。。。なのやないのかね。。。
いつも、真剣勝負、いつも100%の力ばっかり出していたら、選手生命が短くなる。。。そのスポーツを生業とするなら、出来るだけ長い間、客を呼べる選手として活躍することが求められる。そうなりゃ、当然、「抜きどころを探す」・・・のは、必然・・・という部分はあると思うのやね。。。
格闘技で、本当に真剣に闘い合ったら、相手の選手を故障させてしまう・・・っていう部分はあると思う。200㎏も体重のある人に、普通の人が上から乗られたら、確実に圧死してしまうやんか。。。だから、力士は、相手の力士にも配慮しながら相撲を取る・・・。これは、至極、当たり前のマナーになる。そうなりゃ、真剣勝負か、そうでないか・・・の差っていうのは、その力士の心の中のさじ加減次第・・・というところが有ると思うのやね。。。
だれも、そんな心の底の奥深い部分にまで、立ち入って詮索は出来ないから、誰も白黒は付けられない。。。ということなんやろう。。。板井っていう元力士や、大麻でクビになった外人力士やらが、週刊誌のネタとして、いろいろ言っているが、誰も決定的な証拠を掴めないやろうね。。。お金を振り込んでたりしたら別やけど。。。それとも、実際に金の受け渡しをしているところを証拠写真でも撮るか・・・やね。。。そんなヘマはしないやろうから、八百長の立証は難しい。。。
相撲・・・っていう1つのスポーツを、国技である。。。というところまで、神格化する発想は、実は、旧日本軍が、戦争につき進む日本を象徴化するために、神道を利用した・・・っていうイメージに実は近いと思うのやね。。。横綱の土俵入りは神社の境内で行われるし、このセレモニーが神事であるかのように仕立てて、いかにも、相撲が何か特別なスポーツである・・・という風な巧みな演出をやってきたのやね。。。相撲の代わりに剣道や柔道でも良かったはずやからね。。
でも、横綱が神様の使いではない・・・というのは、明々白々やし、日本人の好きな規律立った世界も、実はどろどろとして人間くさい世界や・・・というのが明らかになってきているし、新弟子の子がイビリ殺されていた・・・なんて話が昔から後を絶たない・・・ことから考えると、もう、昔ながらの封建的な相撲部屋制度のやり方が通用しなくなってきている・・・ということはあるやろうね。。。
まぁ、それも含めて、何かと話題になっている相撲界。。。これも、有る意味、相撲のプロモーションに、結果としてなっとる・・・ことを考えたら、話題づくり・・・という観点では、芸能界とあんまり、変わらない・・・。どちらも、人気商売や・・・ということなのやないのかね。。。人気取りのためには、何をやっても許される。。。八百長も、そんななかの一つ・・・って考えたら、腹も立たないで。。。相撲で、賭け・・・・・なんてやってない限りね。。。