水泳・北島とフェンシング・太田の間にあるもの?
9/14(日) 普段の生活のなかで、飛び抜けて優等生的な発言をしたり、全体の空気が読めないで、一人だけ、「ええ子ちゃん」ぶる人って、いるやんか。。。こんな人は、なかなか、みんなからは、人気が無くて、「嫌なヤツ」呼ばわりされる事が多いのやね。。。昔、ロッテかどこかの監督をやっていたボビーバレンタイン監督が、アメリカの大リーグの監督に就任するときも、こんなボビー・バレンタイン監督のことを、多くのアメリカのマスコミが、「ええ子ちゃんぶったプレッピーな(毛並みがよい・・・の意)ヤツ」と叩いていた記憶がある。
本来、優等生で、まじめで、良くできるヤツは、みんなから、尊敬され、慕われて、賞賛されなければならない・・・という絶対的な価値観があるのやけれどね。。。ところが、人間というのは、天の邪鬼な部分があって、ちょと、ワルな人に憧れたり、あくまで先生にたてつくような人の方が、自分の感情に近い・・・と感じてしまうような不思議な感覚があるのやね。。。
友達同士の話でも、自分の自慢話ばっかりするヤツって、みんなから嫌われるやんか。。。上手に相手の話を聞いてあげられる人が、生き方の上手い人になるし、ええかっこばっかりして、自分を良く見せようとすることばっかりに必死になる・・・。こんな人は、最低・・・ってことになるのやね。。。聞いている人の気持ちになれない人・・・っていうことになるのやろう。。。。
だから、本来、真面目で、一本気な人でも、わざと、ひねくれた真似をしてみたり、わざと不真面目な真似をして、自分一人が浮かないようなフリをしているのやね。。。これは、人間的な関係が濃密で複雑な都会の人に多い感性である。
今年行われた北京五輪の選手に例えると、北島康介なんて言う人は、私に言わせれば、ちょっとワルのふりをするのが上手いほうの人である。東京出身の人だけあって、本当は、優等生過ぎる人なのに、わざと、よい子ぶった発言をせずに、自分の感情をはっきりと前に出す・・・ことで、好感度を得られる・・・ということを、計算しているのか、自然と身についているのか、これが、出来る人・・・なんである。。。
アテネの時の「チョーうれしい・・・」。北京の時の「ナンも言えない・・」なんていう発言も、よい子ちゃんぶって、インタビューの時に、こう、言おう・・・と考えられた微塵も感じられない・・・だから、自然とみんなの共感が得られる・・・のやろうね。。。。ご実家が町のお肉屋さん・・・。こんな庶民的なバックボーンも大事や。。。
反対に、実名を出して大変申し訳ないが、フェンシングの銀メダリストの太田君。。。彼は、大変努力して、日本人初のフェンシングでの銀メダルという科挙を成し遂げたのやけれど、典型的な優等生タイプなんやね。。。出てくるコメントも、自分のメダルをきっかけに、日本でのフェンシングの知名度がもっと上がってくれることを望む・・・とか、フェンシングの普及に役立てたら・・・とか、まるで絵に描いたような「優等生の答え」しか発せられ無い・・・のやね。。。だから、おもんない・・のや。。。
見る人の立場からしたら、何も感動を共感出来ないし、下手をすりゃ、逆に、鬱陶しくも見られたりもするのやね。。。ほんと、これって、彼にとって、本当に損なハナシや。。。まぁ、彼が京都の同志社大学出身で、彼のお父さんも元オリンピック選手というから、もともと、彼はその純正培養されたような良い環境で育ってきていたのやろう。。。。まして、フェンシングは水パン1丁で出来る水泳とは違って、1セット何十万も防具にかかる金持ちスポーツや。。。。それが、ご自身のお話の中で、育ちの良さが手に取るように判るのだけれど、それが悪く言えば「鼻につく・・・」一番の原因になってしまっている。。。のやろうね・・・残念ながら。。。
このお二人の間に、そんな大きな差は無いのやね。。。アスリートとして、人間として・・・の価値は。。。だから、太田君も、五輪が終わって、まさか「うたばん」に出させてもらうなんて思わなかった・・・とか、ナンとか、ウケを狙うような関西人独特の人間くささを出して話そうとされているのやろうね。。。感覚的には「良い子ちゃん」に見えないように苦労したはるのやろうね。。。
ほんま、人に嫌われないようにするのて、難しいもんやね。。。自分に正直に生きるだけやなくて、いろんな人に気配りが出来ないと、こんな生き方は難しい。。。人にもまれて生きている人のほうが、自然と、そんな術は身についていく。でも、人間の価値は、本当は、こんなので決められていたらあかんのやろうけどね。。。