若すぎる選手に国民栄誉賞は似合わない | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

若すぎる選手に国民栄誉賞は似合わない

8/27(水) 北京オリンピックで北島康介が世界新で、男子平泳ぎ100の金メダルを取って、続く200でも金メダルだったとき、北島康介に、国民栄誉賞をあげるべきだ。。。なんて話が新聞に出ていた。この国民栄誉賞は、今の福田首相のお父さんが創設したもので、支持率が低迷する福田政権からしたら、北島康介人気にあやかりたい・・・のは山々・・・なところである。。。

 ところが、その後で、チームジャパンは予想外の善戦をして、いろんな人がどんどん連覇で金メダルを取っていった。女子ソフトも金を取ったエース上野が、福田首相のお膝元の出身・・となったら、上野にも国民栄誉賞を・・・なんてことになったら、お手盛り批判が出る・・・。じゃあ、他の金メダリストには何故、賞をやらないのか・・・ってなったら、何も言えなくなってしまうのやね。。。

 もともと、国民栄誉賞なんていうものは、広く国民に大きな感動を与えた・・・なんていうことらしいが、実のところ、明確な基準なんて無い。。。つまり、時の首相が判断して、いくらでも出せる類の賞。。。ただし、あんまり出し過ぎると、値打ちが無くなる。。。意外と難しいものなんやね。。。

 もともと、賞というものは、権力者が目下の者に授け与える勲章の感覚に近い。。。つまり、権力の象徴的な意味合いが強いものなんやね。。。実は、これが役人は、庶民よりは、上である。。。という感覚から、未だに日本が抜け出せないでいる・・・という深い部分があるのやね。。。つまり、時の為政者は、一部の者を特別に顕彰することにやって、他の者たちの見本とさせて、権力者自らの立場をより堅固なものにする・・・。このために授賞を利用してきた・・・という歴史があるのやね。。。

 考えて見れば、賞状1枚を授けるだけで、貰った人は名誉だと喜び、贈った人も、ええ気分になる。。。賞の授賞には、そんな魔力がある。贈る人も、贈られた人も、何か、自分は、特別に偉い人である・・・という錯覚に陥るのやね。。。これが大いなる勘違いのもとになる。。。

 これを知ってか知らずか、国民栄誉賞の授賞を、唯一、断った人がいる。あのイチロー選手である。日本のプロ野球からアメリカ大リーグへ行き、押しも押されぬ大スターになったイチローが、何故、この賞の授賞を断ったか。。。私は彼の考えのなかに、賞というのは、何か大きな事が、終わってから貰う目標のようなもの・・・である・・・という一種の美学のようなものがあったと思うのやね。。。

 自分はまだまだ、これから大リーグで大きな記録を目指して頑張ろうと考えているのに、彼の頭の中ではゴールである国民栄誉賞を、もらってしまったら、目標が無くなってしまうことを嫌がったのやと思うのやね。。。

 北島康介やら上野投手やらに国民栄誉賞をあげるのは、別に悪いことでしない。。。。でも、また、4年後のロンドンを目指そうと思っている人たちに、あんたは、今がピークですよ・・という意味合いのある国民栄誉賞をあげることが、あんまり良くない結果を招いてしまうかもしれない・・という点にも、私は配慮すべきやと思うのやね。。。

 あんまり、若すぎる現役選手たちに、この賞は似合わない・・・。現役を引退されたとか、ご不幸にも亡くなってしまつたとか、そんなときに、そっと国民の総意として、賞をあげるのが、私は相応しいと思うのだが、みなさんは、どうだろうか。。。。