ちょっと甘酸っぱい地蔵盆の想い出
8/20(水) オリンピックの前半戦が終わると、少し気が抜けたようになった感じ・・・。日本は後半、あんまり有望種目が無いからね。。。
さて、京都は大文字の五山送り火も過ぎて、夏の名残を惜しむような季節に入る。。。京の夏の残りは、地蔵盆と夏祭り・・・それが過ぎたらもう季節は秋やね。。。
京都市内の小学校は、2期制を採っていて、子供たちの夏休みは、8/24で終わり、その代わり、秋に少しだけ秋休みがある。何か、1週間、夏休みが短くなって、損をしたような気になるけれど、その分、夏休みの宿題のラストスパートも1週間早い。。。だから、親御さんは大変やね。。。
そんな京都の子供たちの夏休み最後のお楽しみ・・・って言ったら、やっぱり地蔵盆である・・・。この日は大人達が町内の子供たちのために、いろいろと遊びやおやつを準備して、子供たちの成長を祈る。。。おつとめ・・・っていう特大の数珠を回して、お経をみんなで唱えるなんていう機会は、年に一度の、この時だけである。まだ、京都には、こんな風習が残っているのか・・・と、驚く人も多いが、数少ない町内会全員が参加するイベントとして、町内会の親睦にも役だっている。。。
この地蔵盆っていうのは、どうやら、京都市やら大阪府の北部だけの限られたエリアだけにしか存在しない・・・らしいけど、どこの町でも、地蔵信仰っていうのは有って、お地蔵さんに、ちょっとしたお願い事をする・・っていうのは、そんな深刻な悩みではなくて、家族の健康やら、家内安全、平穏な生活が送れますように・・・というぐらいの、ちょっとしたことを、気軽にお地蔵さんにお願いするのやね。。。
そんな軽い願い事だから、お地蔵さんの方も、気楽に叶えてくれる確率がかなり高い。。。大病したり、大けがしたりする人や、家が火事になったり・・・そんな大事は、滅多にないからね。。。だから、何事もなく、今年も一年、過ごせました・・・と、お地蔵さんにまた感謝するのやね。。。大事なのは、その願いを叶えてくれたのは、お地蔵さんのおかげさま・・・であると信じる気持ちなのやね。。。
人間は一人で生きているのではない、いろいろな人と関わりを持って生きているものである。そんな人間関係のなかで、人を貶めたり、人を卑しめたり、人と争ったり、人間はいろいろな悪行をこの世で行っている。でも、本当は、良い人間関係の中で平穏な生活を送りたいものである・・・と、心の底では思っているものなんやね。。。
その拝む対象がたまたま、お地蔵さまである・・・というだけ。。。なんや。。。これは、神様とか、大木とか、仏さまとか、山であったり、海であったり、大きな石であったり、いろいろなものを崇拝の対象にしているのやね。。。つまり、言葉は悪いが、何でも良い。。。これが日本人の宗教観なんや。。。そんな中で、一番身近な存在が各町内会にあるお地蔵さん。。。京都の人は、そう信じて、町内のお地蔵さんを大事にしてきたんやね。。。
子どもたちは、そのまちの、未来を託す大事な存在である。京都のまちなかでは、高齢者ばかりになって、子どもなんてほとんどいない町内も多い。。。それでも、地蔵盆だけはやっていて、その町内を出て、他の町で世帯を持った人が孫を連れて、この時期に里帰りする・・・という光景も見受けられる。。。
私の住む町内は、たまたま大きなマンションが2つも建って、そこに入居された方々が子どもをたくさん育ててくれているので、たくさんの子供たちがいる。その子供たちが、だんだん大きくなってきて、またこのイベントを懐かしく思い出してくれる限り、この地蔵盆のイベントは続く。。。マンションに住みながら、この日だけは、町内のお寺さんで1日、みんなと楽しく遊ばせてもらったり、おやつをもらったり、おもちゃを福引きでもらったり、おつとめをみんなでしたり。。。
私は、幼いころ、地域にある小学校ではなくて、遠い国立の小学校へ行っていたので、この地蔵盆だけが、近くの子供たちと一緒に遊ぶ唯一の機会やった。。。でも、普段、なかなか、付き合いのない子どもは、なかなかみんなにはとけ込めないのやね。。。でも、大人たちは分け隔てなく、いろいろとお世話をしてくれる。。。おかげで、しばらく一緒に遊んでいたら、自然と仲良くなって、小さな想い出が、子ども心に、刻み込まれる・・・のやね。。。もし、このイベントが無かったら、恐らく私は、町内に一人も友達がいない子どもとして、寂しい思いをしたやろうね。。。
京都の夏の日は、こうして、ちょっぴり甘酸っぱい想い出を残しながら、ずっと続いていくのやね。。。