マスコミが類似事件をつくってしまう・・・という大罪 | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

マスコミが類似事件をつくってしまう・・・という大罪

7/31(木) 秋葉原の事件以来、若い人が、ナイフで人を刺すような事件が続いている・・・。1つの事件に、引きずられて、どんどん模倣犯が出てくるのは、困ったモノやね。。。練炭自殺があると、それを真似する。自殺サイトが流行れば、我も我もと自殺志願者が増える。。。続いてエレベーター事故が起これば続いてまた同じような事故が起こるし、回転遊具や、回転ドアの事故も続いたね。。。なぜ、同時期にこんなことが続くか。。。

 私は、これは、有る程度、マスコミのアナウンス効果が原因している部分があると思うのやね。。。このような事件、事故は、実は、いろいろなところで起こっていて、殊更、マスコミが大きく取り上げてこなかっただけ・・・なのかも知れないのやね。。。ところが、不思議なことに、あるところにスポットライトを当てると、これも、これ・・・と悪いことの連鎖反応が起こってしまうのやね。。。

 だから、報道の立場にある人たち・・・っていうのは、ものの善悪をしっかり見切ると同時に、その事によって、どんな社会的な悪影響が生まれることになるかも知れない・・・ということを十分に念頭に置く必要があると思うのやね。。。もし、本当に悪い影響のあることは、場合によっては、報道しない・・・という毅然とした態度も必要になってくると思うのやね。。。

 最近の犯罪傾向を見てると、何か、騒ぎを起こして、親や先生たちを、困らせてやろう・・・というのが多い。。。バスジャックや、通り魔殺人など、人がけっして、やってはいけないこと・・・をやることによって、大きく新聞に載りたいとか、テレビで派手に報道されたい・・・というのが、犯人の第一目的であったのなら、この目標達成のための手助けを、こぞってマスコミが手助けしている事になるやんか。。。

 愉快犯の防止には、実は、報道しない・・・っていう対抗策も、これからは、考えていかないとあかんのやないか・・・って、思うときもあるのやね。。。事件と報道の関係では、よく、誘拐事件の時に、人質の生命に危険が及ぶ可能性がある・・・として、事件そのものを報道しない・・っていう報道規制がされることがある。私は、これと同じように、必要以上に事件を微に入り細に入り報道することが、果たしてええことなのか・・・という点に少し疑問を持つのやね。。。

 報道っていうのは、社会的に影響力のあることを、全国民に知らしめるという大事な役割があるのやけど、こと醜聞となると、そこまで報道する必要があるのかねぇ・・・と疑問がある。。。興味本位だけの記事、スキャンダラスな記事だけに大きな紙面を割いて、派手に報道するマスコミに、いかにも、新聞を売りたいがため・・・だけの狙いしかなく、そこに、モラルや、社会的意義まで求める方に無理があるのかね。。。

 新聞やテレビは、公器である・・・と言われる。大分で地方紙のえらいさんが、自分の子どもの就職に口利きを頼んでいた・・・とか、毎日新聞の英語版に、あまりにみ破廉恥な、現実とは乖離したようなエロ記事が掲載されていた・・・とか、報道する人たちの、レベルの低さが目に付く事が、最近多い。。。ともすれば、人一人の人生を大きく変えてしまう事もある。。。マスコミに関わる人たちは、そんな、社会的な責任のある仕事を自分たちはしているのである・・・という自覚を、もっとしっかり持ってほしいものやね。。。