死に神と言われる人の気持ちにもなれない人たち | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

死に神と言われる人の気持ちにもなれない人たち

7/6(日) 朝日新聞が鳩山法相のことを、あまににも死刑執行のペースが早い・・・と揶揄して、「死に神」と批判した。犯罪被害者の家族会からも、朝日新聞に抗議が来て、その言い訳が振るっている・・・。

 橋山法相を中傷する意図は全く有りませんでした・・・。鳩山氏が誹謗、中傷と受け取られたなら、残念です・・・やて。。。おかしな話やね。。。死に神とまで批判しておいて、侮辱、中傷ではなかった・・なんて言い訳が、果たして、通るのか・・・。そんなら、鳩山氏は、どう受け取っていたらええのかね。。。死に神とまで、批判された人の気持ちにもなれない人が、朝陽夕刊の素粒子コーナーで、この記事を書いていた・・のだとしたら、「残念です」なんていう言葉は、どこから出てくるのかねぇ。。。

 つまり、この新聞は「謝罪だけは絶対にしない・・・」と、言っているだけやんか。。。しもたっ、ペンが滑ってしもて、やってしもた・・・と思ったら、やっぱり素直に謝るべきなんやないかね。。。「すみません」の言えない人は、やっぱり、社会人としてアカンと思うで。。。

 今の世の中、確かに、「謝罪したら負け・・・」っていう部分は確かにある・・・。謝った方が、謝られた方に弁償をしたりせなあかんことが多いからね。。。交通事故なんかそうや。。。車同士がぶつかってしもて、エンジンを切って、車を降りて、相手も降りてきて、その第一声で、全てが決まるからね。。。

 「どこ、目つけとんねん。。。」「こっち、見てへんかったやろう」「そっちこそ、よそ見しとったんやないか」「こっちは青信号で優先道路やで・・・」僅か30秒のこの攻防で、ほぼ、勝敗は決する。。。「すみません」って言った方が悪いことになってしまう。。。こんな世界やからね。。。でも、この発想って、米国などの欧米諸国から、そのまま入ってきたような勝ち負け主義の発想なんやね。。。普通の日本人やったら、「大丈夫ですか?どっか、怪我は有りませんか?」という、相手を気遣う第一声から、入るのが普通なのやないのかね。。。。

 まぁ、交通事故なんかの時は、特別やけど、普段の社会生活で、勝った負けたばっかりの事をずっと四六時中やっててみ。。。今の世の中、もっともっと殺伐としたものになるで。。。みんな、そんな世界に、ずっとほんとうに、住みたいか。。。

 今の世の中に足らんことは、相手の気持ちを「思いやる・・・」ってことなんやないのかね。。。なんでこの人は、怒ってはるのやろう。。。その人の身になってみたら、判ることや。。。意外と簡単なことやのに、なかなか、邪魔くさいのか、このことをしない人が多い・・・。人の気持ちになる・・・っていうことは、人間関係を作るための、初歩の初歩・・・のことやのに、これすら、やらない人が、余りにも増えすぎた。。。

 これも、人間関係を、個人一人だけ・・・に細切れにする・・・という方向性を作ってきた現代の日本の社会の、猛烈なる反省点なのやないかね。。。今の子供を見てみ。家には自分だけの部屋がある。その部屋の中にさえ逃げ込んでしまえば、自分だけの世界に浸れるし、誰にも邪魔されることがない。。。この精神的な安全地帯を完全な形で作ってしまったから、世の中おかしな事が増えて来ている。。。

 大家族の番組をよくテレビで見る。この子らには、個室なんてとんでもない・・・。たった6帖に8人が雑魚寝。。。なんて生活で、大きくなって来ている。でも、ここには、1つの社会がある。一人が落ち込んでいたら、誰かが気付いてやれるし、お菓子や食べ物は、取り合いになるから競争は熾烈だけど、大きい兄は小さな妹に自然と優しくなるし、何より、人間関係が、とても濃厚である。

 今の問題行動を起こす子供たちを見てみ。。。人付き合いが苦手で、自分の中でうまく自己実現が出来なくて悩んで、誰にも相談出来なくて、たった一人で悩み苦しんで、世間から見たら、アッと驚くような行動に突然出る。。。そう、思わないか?通り魔だったり、親族殺人やったり・・・ほんま、毎日のように恐ろしい事件が繰り返される。。。

 私は、これも、少子化の影響が出てきているのやと思うのやね。。。一人っ子が多い。こどもを余りにも大事に育て過ぎる。。。ということが、人とうまく向かい合えない子供たちを、猛烈に増殖させている。。。そんな気がするのやね。。。

 相手の気持ちも考えないで、平気で相手のことを「死に神」なんて、恐ろしい言葉で批判してしまう・・・。こんな人が増えて来てしまったことが、私は本当に「残念」で仕方がないね。。。