宮崎勤の処刑を19年も遅らせた罪
6/19(木) 先日、連続幼女殺人事件の犯人である宮崎勤が死刑執行になった。この人を含めて3人の死刑が執行されたのやけど、この事件から、何と、20年やて・・・。もう、そんなに経っていたのか・・・というのが正直な感想や。。。ということは、今の20代の人なんかは、ほとんどこの事件を知らんということなんやろう・・・。
思えば、この宮崎勤の住んでいた埼玉の家の自室がテレビで映った時、5000本を超えるビデオテープの山。。。これに驚いた国民は多かったまやないか。。。今まで、何か一つのことに熱中している人のことを、「オタク」って言っていたのやけど、この事件以来、このオタクっていう言葉に、「気持ちが悪い・・・」っていう隠れた意味が加わったと思うのやね。。。
それ以来、随分この事件に影響を受けた事件が頻発している・・・。小林カオル・・・神戸のバラバラ殺人、幼女を狙った変態殺人事件のはしり・・・そんな事件、やったんやないのかね。。。宮崎勤を、何か神を崇めるように英雄視するような、ケッタイな連中が、この事件以来、はびこって、次々と類似犯を誘発した・・・。そういえるのやないかね。。。何か、おかしなヤツらに、与えてはいけない市民権のようなものを与えてしまった感じ。。。。そんな気がする。。。そして、この前の秋葉原の事件やろ。。。何か共通性のある臭いがプンプンする。。。
秋葉原の事件かて、警官は7人もの人を殺して逃走している犯人を確保する際、何故、射殺しなかったか。。。アメリカならとっくの昔に犯人は撃たれていて当然やったはずや。。。でも、日本の警察は、まず、急所を外せ、撃つぞと警告して、観念したら、まず銃を撃たない。。。それが判っとるのか、銃で撃たれて死ぬのが怖かったからか、犯人はあっさり観念して捕まりよった。。。
死刑廃止を訴える人は多いが、人は誰でも、普通は殺されることが嫌である。。。だから、ひどいことをしたら、死刑になる。死刑になったら首をロープでくくられて、絞首刑で、苦しみながら死なないとあかん。。。そんな目には遭いたくないから・・・という意味で、抑止力というのは、存在すると思うのやね。。。
ところが、日本は100人近くの死刑囚がいて、法務大臣の署名捺印がないと、執行されない・・・。つまり、死刑が確定したにもかかわらず、多くの人が安全な牢獄の中で、3食昼寝運動付の生活をのうのうと送っているのやね。。。この費用、看守などの人件費やら刑務所の費用などを入れたら1人300万円ほどもかかっているのやという。。。つまり1年間で3億。もし、100人に、20年も無駄飯を食わしていたら、何と600億円もの血税が使われているのや。。。
今の鳩山法相がこれで13人も殺した。。。多すぎる・・・なんていうお門違いの批判をする人たちがいるけど、文句を言う先が間違っている・・・。文句があるなら、死刑確定後6ヶ月以内に処刑を執行する・・・という法律を改正するように運動すれば良い。それなのに、20年も経ってから処刑したのでは、見せしめの意味も無くなってしまうのではないか。。。みんなが覚えている間に処刑がされないと、刑罰としての制裁的な社会的意義が薄れてしまうのやね。。。
犯人に、かわいい我が子を殺されて、陵辱されて、焼かれて、その骨を食べられて、・・・そんなヤツが20年も、のうのうと、塀の向こうで生きている・・・。その親御さんの気持ちにも、なってみ。。。。そいつが、まだ自分と同じ空気を吸っている事すら、許し難い・・・と思うのが当たり前と違うか。。。
現在の法制度では、死刑の下の罪は、無期懲役である。ただ、無期懲役・・・というのは、刑務所で模範囚として10年過ごしていけば、仮出所や恩赦で、シャバに出てこれる可能性が高い。。。懲役30年・・・なんて言っても、7~8年で出て来られてみ。。。何かの事件で関わって証人になった人が、出所してきたヤツに、お礼参りされて、殺された・・・なんてことになってみ。。。誰も裁判なんて、知らぬ存ぜぬ・・・なんていうことになるで。。。
宮崎勤は、ネズミ人間が出てきて・・・とか、意味不明のことを裁判で口走るなど、精神異常を装っていたフシがある。。。心身降着状態だったら、死刑にならない・・・という判例・・・これが、弁護士の吹き込みになっとる・・・。光市の事件かて、ドラエモンが何とかしてくれると思った。。。なんて、有る意味、これの模倣犯やんか。。。
通常、死刑執行は金曜日に行われるのやて。。。執行官かて人間や。。。仕事とはいえ、人の命を自分の手で終わらせるのやから、嫌な仕事や。。。せめて、終わった後で、気分転換が出来るように、休みのある週末前を選ぶのやそうや。。。まぁ、それが異例の火曜日やったんやて。。。秋葉原の事件を意識したのかね。。。そして、絞首台に上がった死刑囚の足下には床が抜ける装置が仕込んである。この装置には5つのスイッチがあるのやて。。。そして、5人の刑務官が同時にスイツチを押す。誰が最後のスイッチを押したのかを判らなくするための配慮なんだそうである。。。
世の中のねじが緩みだして、現代のようにおかしな時代になってきた原点が、この宮崎勤の事件にはある・・・。とうとう最後まで、反省と謝罪の言葉を口にしなかった犯人。最後まで、死刑にだけはしないでくれと、法務大臣に嘆願書を出しておったヤツ。。。絞首台の床が落ちるスイッチを、私が、被害者の親やったら、自分に押させてくれ・・・という感情も出てくるのやないかね。。。
世の中の人ほとんどが、悪いことをして、自らの命をもってでしか、他に償う方法がない・・・と思う時、死刑は執行されるべきやし、その死刑執行が、これから起こるかも知れない類似の事件の発生を少しでも減らす意味がなければ、死刑囚の命は無駄死に・・・になる。。。もう、こんなアホな事件は二度と起こさないためにも、この死刑囚に、国民みんなが「自業自得である」と、言ってやって、こんなアホなヤツの真似事なんて、ゼッタイにするな・・・って、世の中を、おかしなヤツらを、少しでも追い詰めて行く方向に向かわないと、なかなか同種の事件は、なくなっていかないのやろうね。。。