通り魔殺人の一番怖いのは模倣犯や
6/11(水) 秋葉原で、またもや、通り魔事件・・・。殺すのは誰でも良かった・・・。目標は、ワイドショー独占・・・。見事、目的を果たした犯人は、ええのやろうけど、殺された人や家族なんかは、たまらんね。。。こんなヤツらがウロウロしていたら、迂闊に街も歩けないようなことになる・・・・。
福田首相は、こんな事件が起こってしまったが、その原因を社会的な背景も含めて調べるように指示した・・・。と、記者会見で言っていた・・・。でもね、こんなとんでもないことを、しでかすようなヤツの発生を、どうしたら阻止できるのか。。。そんな無理難題を言われたって、どうしようもないことやと思うよ。。。
この事件の遠因が、派遣で働く多くの若者の給料が極端に安いこと・・・とか、身分が著しく不安定なこと・・・に求めようとするのかね。。。ちょっと、筋違いな気もする。。。おかしいヤツはおかしい。。。陽気が良くなると出てくる。。。季節の変わり目、木の芽時期、梅雨時・・・人が狂いやすい季節・・・ッていうのは、昔から良く言われてきた。躁鬱症の人が増えているのも、社会のせい?私は、現代人が、明らかに、精神的に、ひ弱になってきた・・・というのが、一番の原因だと思うのやね。。。
今の若者達は、いろいろな意味でも、精神的に弱すぎる。。。すぐに切れたり、内向的になったり、自分の生きている・・・意味・・・という存在感が見いだせなかったり、人との折り合いがとても下手くそやったり・・・集団の中になかなかとけ込めなかったり、人はいろいろな面でストレスを感じることが多い・・・。ただ、それをしっかりした自己が制御して、いろいろな障壁を乗り越えたり、都合の悪いことなんかと、共存していく手だてを見つけ出したり、このような事が大変で、途中で投げ出してしまう人が多くなってしまったんやね。。。
私は、これらの精神構造の中に、「甘え」というキーワードが存在すると思うのやね。。。今の世の中、いろいろな意味で、個の尊重というのが進んできた。これは、有る意味、その人の希望や要望を自己実現する・・・ということが、一番大事なことである・・・という価値観の上に立った考え方なんやね。。。ただし、今の世の中はこれが少し行き過ぎている帰来がある。
行き過ぎた個人主義は、個人のわがままを助長し、社会という人の集団の輪・・・という概念が軽んじられる傾向がある。戦前の軍国主義や全体主義を、あまにも毛嫌いするがために、個人が、その組織全体のことを考えて、1つの大きな目標を達成する・・・という、概念が、完全に薄くなってしまっているのやね。。。
団体で行動する・・・ということは、確かに、自己の欲望を少しは、抑えなくてはいけない。自分の好き勝手な行動が他の人たちに、迷惑になるからね。。。ところが、これを苦痛と感じる人は、この苦痛から、すぐ逃れたい・・・と思ってしまうのやね。。。これが、社会全体の輪を結果して乱している・・・っていうことより、自分の自己実現や、思いこみの方を最優先してしまう気持ち・・・。これが、この社会をおかしくしている。。。。これが甘えやと思うんや。。。
普段はさえない人生を送っていて、自分の将来に絶望した人が死を考える。ただ、死を選ぶことはそんなにたやすいことではない。ただ、死んだ気になってやれば、自分だって世間をアッと言わせてやる・・・ということが出来る。。。これが、こんな馬鹿げた通り魔殺人事件に結びついているのやないかね。。。
この世の中に生まれて来ない方が良かった・・・なんて命は無いと、信じたい。。。自分が生まれてきたことに、意味と、意義を感じて、一生を掛けて、自分探しをする・・・。それで、自分の人生って言えるモノが、死ぬ直前になってやっと判る・・・そんなもんなんやないかね・・・人生って。。。せっかく、この世に生まれて来たのやから、こんな、しょうもないことに、自分の人生を賭けるより、もっともっと別の意義がある・・・っていうことを信じて生きるべきなんやないかね。。。
ワイドショーを独占することが、目標・・・なんて、寂し過ぎるやんか。。。生きてりゃ、もっと他に、何かええこと有るって。。。そう、信じないと生きてられへんのやないか。。。もう、こんな馬鹿な事件をやろうなんて思うな。他のヤツが真似しよったらどうなる。。。そう、この通り魔殺人事件の犯人に言ってやりたいね。。。。