薔薇の花運動 -京都市下京区でのおはなし- | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

薔薇の花運動 -京都市下京区でのおはなし-

4/12(土) 今週、地元の京都新聞の夕刊に、ええ記事が載っていた。私の住む京都市下京区のある町内での話題である。下京区は京都の中心部にありながら、未だに人が結構住み続けている職住一体型のお家がまだまだ多い・・・。ところが、この町も、ご多分に漏れず、町の高齢化は進んでいて、この僅か30軒ほどの亀屋町という町内も、1/3が老人の一人暮らし世帯である。

 この町内で、昨年、一人暮らしの老人が、誰に伝えることも出来ず、孤独死されたことがあった。一人暮らしの老人にとって、電話をかけたり、非常ボタンを押して、自分の異常事態を誰かに報せる・・・というのは、実はなかなか難しいのやね。。。

 この事件以来、この町内の全部の家では、毎朝、バラの花を玄関先の表札の横に飾ることにしたんやて。。。でも、一人暮らしの老人の家だけでは、防犯上もよろしくないということで、町内の全世帯が、毎朝、玄関の表札近くに薔薇の花を飾り、夕方にはしまう。。。ただ、これだけのこと・・・をすることにしたんやて・・・。もちろん、薔薇の花は造花なのだが、これが、私の家は大丈夫ですよ・・・のサインになるのやね。。。

 たとえ、親しいご近所であっても、やっぱり、なかなか他人さまの家の中までは入りにくいもの・・・。でも、もし、この花が飾ってない家があったら、それは、その家に何か特別なことが起こったこと。。。このサインになるのやね。。。実際、この花が飾られてない家を心配してご近所の人が声を掛けて、玄関で倒れていた方を救急車で搬送できた。。。という実績もあるのやて・・・。

 都会っていうのは、隣は何をする人ぞ・・・っていうところは、あるのやけど、京都のまちなかでは意外と、人と人の付き合いが濃厚である。ムラ社会のようなところが大都会のど真ん中で残っている。。。。いざとなったら、遠くの親戚や身内より、近くの他人のほうが頼りになるもの・・・。この取り組みは、この、ご近所同士の、濃いめの人間関係が出来ている・・・という前提で始めて成り立つ。。。

 京都の人っていうのは、鰻の寝床って言って、間口が狭く、奥に長い敷地に住んでいる場合が多い。これは、その昔、道に面している間口の広さで税金を取っていた・・・というところから、そうなったのだが、その分、お隣さんとは、壁一枚で密着して家が建っている場合が多い・・・。つまり、お隣さんがしている喧嘩も、もめ事の話し声も、全部まる聞こえ・・・っていう感じなのやね。。。だから意外と、お隣さんとは、秘密を共有するような感覚になる。お隣さんと上手に付き合っていくためには、うまく付き合わないといけないから、自然と、付き合い方のルールが出来る。だから、おいそれとお隣の家の話題は、普通、しない。。。紳士協定みたいなもんかね。。。

 ただ、やっぱりガス抜きは必要なようで、よく玄関先で、井戸端会議をしている奥さんたちを見ることが多い・・・。京都のおばちゃんは、ここだけの話が好きである。。。。必ずと言って良いほど、京都人は、玄関の扉を開けたところあたりで、いつまでも、いつまでもしゃべってはる。。。そんなに真剣な話があるのなら、上がってもらってゆっくり話したらええのに。。。と、思うのだが、そうはいかないのやね。。その家を訪れている人からとったら、上に上がらしてもらってまでする大層な話ではない。つまり、相手のテリトリーに対する配慮である。逆にそのウチの人にとったら、上がって貰ってしゃべるほどではない。中も散らかっているし、そんなところを、人に見られたくない。。。こんな心理が働くのやろうね。。。こうして、玄関先での長話は延々と続く。。。

 話の内容はも他愛のないことばかりである。噂ばなしやら、どこどこの家の悪口なんかも、たまには、秘密やで・・・と言いながらも、あるのやろう。。。多分、昨日の夜中、隣のご主人のご帰宅が午前様やった・・・なんて話しているのやろうね。。。

 私が大丸さんへ買い物に行く途中で見かけた井戸端会議を、何時間後、買い物の帰りに通ったら、まだ続いていた・・・なんていうのは、しょっちゅうである。。。何を話してはるのか判らないけど、ようそんだけ話すネタがあるなぁ・・・と思うほど京都の中年のおばちゃんは、立ち話が好きである。。。一見、こんなのどかなところが、京都のまちなかの人間関係を崩すことなく守っている・・・そうとも言えるのやけれどね。。。

 薔薇の花1本でできるさりげない助け合い運動・・・。こんな、ちょっとしたことが、拡がっていったらええね。。。井戸端会議の話題にされるのは辛いけどね。。。