人に非ず、冷酷罪でも作ったらどうや! | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

人に非ず、冷酷罪でも作ったらどうや!

1/11(金) 福岡で酒を飲んで車を運転して事故を起こし、幼い子供の命を3人も失わせた福岡市の元市職員の裁判の判決が先日有った。出来たばかりの危険運転致死傷罪という重い罪に問えるかどうかが、注目されたところやったけど、結局、業務上過失致死罪だけやった。。。

 この裁判で、マスコミは、なぜ、福岡地裁が、重刑を認めないか・・・という批判めいたことを言っているが、私は、これは、少し無茶やと思うね。。。結果として、3人もの、子供の命を奪ってしまったことと、犯人を思い罪に出来なかった事が、こうさせているのだろうけど、これは、この法律自身の設計ミスに問題があると思うからである。。。

 この事件の原因は、恐らく、裁判でも言っていたように、被告の脇見運転であろう。ただ、急ブレーキをかけている点を見ると、確かに、泥酔まではいってなかったんやろう。。。ほんとに、ぐでんぐてんやったら、ノーブレーキで突っ込んでいるやろうからね。。ただ、この事件の一番の問題は、この男が、被害者の救助もしないで、現場から逃走し、自らの保身のために、友達にたのんだ1リットルもの水を飲んで、酔いをすっかり覚ましてから出頭し、自らの刑を低く抑えようと画策した行為、そのものなんや。。。悪質極まりないやんか。。。卑怯、極まりないこんな行為を、今の法律では重罪で罰することが出来ない。。。これは、大問題やろうね。。。

 罪の重さを決めるとき、司法は、本人の過失の大きさやら、本人の故意であるか過失であるか。その事に重きを置きがちである。。。ところが、本当は、やってしまった事の大きさ・・・。今回の場合は、結果として3人もの幼い子供の命を奪ってしまったこと。そして、何より、人間としてあるまじき、卑怯極まる行為をしたこと。これを加味するべきなんやろうね。。。そうやないと、被害者はやってられない。。。。

 司直は、社会正義を追求するものだけど、この正義の概念・・・というものは、時代と共に流れている事なんやね。いつまでも昔の基準のままでいる必要は全くない・・・。人間として許すまじき行為をした人に、重い罪を科するのも、正義やし、あまりにも、被告の権利を守るために、歪んだ判断がなされてしまうのは、最近の困った傾向であると言わざるを得ないと思うんや。。。光市の母子殺人事件かて、こんな犬畜生にも劣るような事をやりよったヤツまで、法律は助けてあげなければならないものなのか。。。死刑が無くなることで、防げなくなった凶悪犯罪の増加の責任は、一体、誰が取るのか。。。

最近、日本の刑法の罪に、社会奉仕活動を罪の一つに加えようという動きがある。もちろん、軽微な罪の犯人のことなんやろうけど、犯人に落書き消しの作業をやらせたり、便所掃除をやらせたり、誰もがいやがるような罪を受けさせる・・・。とってもええことやと思う。例えばホリエモンに、何千万の保釈金を払わせるよりも、10日間の地下鉄の便所掃除の方が、本人にとっては、嫌なことやろうからね。。。それが嫌だから、法律に触れるようなことはやめておこう・・・となって、悪いことへの抑止効果がある。

もっと、基本に戻って、刑罰の見直しをすることも、ええことかも知れないね。。。お尻百叩きの刑・・・なんて、嫌やで、きっと。。。