アンチヒーローが持て囃される時代
12/5(水) 先週末は、謝罪会見が2回。朝青龍と亀田の次男坊。目立たんように、亀田がわざとこの日を選んだんのかね。。。2人とも、もうぼちぼち、ほとぼりが冷めたと思って、このタイミングを狙っていたのやろうかね。。。スポーツ紙に叩かれなくて済むようにか。。。
それにしても、お騒がせなお二人や。ほんとに、謝ったと思うか・・・どうか・・・。こんなことが世間の話題になるのは、それだけ、この二人が、ほんまに、悪役(ヒール)である証拠なのやろうね。。。不思議なことに、同じ毛皮姿で、テレビに映ったり、目立つことが好き・・・。自己顕示欲が強い。。。このへんに、和を保って、尊しとする日本人の国民性から、外れた気質からは、受け入れられ難さがあるのやないかね。。。
多くの日本人に取って、たとえ、どんなに、強い人でも、謙虚さが求められるし、少なくとも、大口を叩くような人は、信用できない人・・・であると、感じる人が多い。本当は強いのに、そのことをちっとも、鼻に掛けない人が、かっこいい・・・とされるし、弱きを助け、強きをくじく・・・こんな、ヒーロー像というのは、消えてしまったようで、どっこい、日本人の心根の奥底には残っているのやね。。。
だから、虚勢を張ったり、感情をもろに外に出して、相手を威嚇するような動物的な人には、あんまり良い感情を持たないし、自分とは違うタイプの人間であると、別人視するのやろうね。。。
面白いもので、あれだけ持ち上げていたマスコミも、この二人の失策には、もうすっかり懲りている。もし、これで、結果が出せないで終わったら、誰も付いてこないだろうし、誰も振り返られなくなるやろう。。。常に結果を求められ続ける・・・というスポーツの世界の厳しさがここにあるのやろうね。。。
それにしても、何故、このようなアンチヒーローがもてはやされるような世の中になってきたのかね。。。本当のヒーローがなかなか出て来ない・・・そういうのは、確かにあるけど。。。この一点において、やっぱり、私は、屈曲した御時世があると思うんやが、どうやろう。。。つまり、普通に素晴らしく、真面目で立派な人が格好悪くて、何か面白みのない人のように、みんなが感じてしまう。。。そんな世間的な背景があるのやないかね。。。変な意味で、日本も、アメリカナイズされてきた・・・そんな心配もある。。。
昔、ロッテの監督をやっとったボビーバレンタインという人がいるやろ。彼は、典型的なエリートで、おぼっちゃまで、誰にも好かれるはずの優等生タイプやった。ベースボールの世界でも、王道を進み、良い選手から、良い監督になり、結果も残してきた。ところがところが、この人、米国一、人気のない野球監督なんやね。。。なぜやと思う?優等生、白人、ブロンドヘアー、何一つ欠点のないような人・・・というのは、他のそうではない、ほとんどの一般大衆からしたら、鼻持ちならない、生意気なヤツで、気にくわないヤツ・・・の筆頭なんや。。。
つまり、人間には欠点があって、その欠点をさらけ出す事によって、その人の弱さや、人間性が出る。人々は、そんな完璧ではない人が、一生懸命努力して成功する・・・というサクセスストリーを勝手に想像していて、この主人公に憧れる・・という、変な性質があるんや。。。アンチヒーローは、こうした感情から生まれてくる。。。
つまり、そんなアンチヒーローというのは、言い換えれば、町のどこにもいるような普通の人であり、ひょっとしたら、自分と変わらないような人・・・そんな完璧ではない人間でも、立派に成功出来るチャンスがある・・・。ここに、庶民の関心が集まる。。。そんなことが言えるのやないかね。。。こんな、アメリカンドリームのような話が、アメリカ人には、最も好まれる。ところが、現実には、滅多にそんな事はない。。。それはね日本も米国も、一緒や。。。ほとんどの人は、それなりに生きて、それなりの人生を送り、それなりに死んで行く。。。
ただ、そんな人生に飽きて、心のどこかでは、劇的な変化を求めているし、まだ自分は出来るはずだと信じたいし、ひょっとしたら、自分は変われるのではないか・・・という夢だけは追い続けている。。。だから、自分には出来ないけど、自由奔放に生きて、自分の思うままに生きている人を羨ましく思う・・・そんな部分が、みんなの心の中のどこかにある。。。そんなことなのやないかね。。。
でも、アンチヒーローはあくまでアンチであり、本物のヒーローは上回れない・・・という宿命がどこかにある。だから、最後の最後には、心底応援する人は少ないし、本物の感動をなかなか与えてはくれない・・・・。それが宿命や。。。いわば、今の時代に咲いたあだ花のようなもの・・・。それがアンチヒーローである。。。