生かしておく値打ちのないヤツ。。。 | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

生かしておく値打ちのないヤツ。。。

9/22(土) 山口県光市で、母子が少年に殺された事件が結審した。この手の刑事事件では最も注目されている殺人事件か障害致死事件の一つで、裁判後に弁護士が感極まって泣いたり、被告の元少年が逆ギレして、「検察よ、俺をなめないでくれ」なんていう、けったいな発言もあった。。。

 本村さんという、殺された女性のダンナは、いつもながら一貫して、死刑以外に償う方法がないとの主張をしている。

 まぁ、人殺しをするようなヤツは、どこか変わっているヤツが多いのは当たり前だけど、この元少年は、それ以前に、反省や謝罪の気持ちのひとつもない。。。検察への逆ギレも、証人の意見陳述への感想を求められて、メモを取ることに集中していたから、聞いていなかった・・・。と、答えたそうや・・・。それで、検察に、そんなに真剣にメモを取っていたのかと聞かれ、自分のバッグの中にあった紙を持って、検察に突き出した・・・。ほら、見てみろ、これが証拠だ・・・と言いたかったのかね。。。検察にもういい、判ったと言われて、その後、検察官に言ったのが、俺をなめるなよ・・・という発言だったようである。。。

 このことは、元少年の、切れやすく、短絡的な性格を露呈したとも言えるやろうね。。。いくら、死刑廃止論者の弁護士たちが大弁護団を組んでも、いくら、お花畑のようなストーリーで塗り固めても、この元少年のやったことを、正当化は出来ないやろう。。。もし、この男が死刑意外の判決を受けたとしたら、法律は、社会に対する何の抑止力も無いという、諦めの空気が世の中に席巻してしまうからね。。。

 死刑は、人が人を裁く罪の中で、最高の罰則である。ただ、この、人が罪の償いのために、人を殺すということを正当化してはいけないという人たちもいる。アムネスティなどは、何人も人を殺す権利など無いと訴えている。宗教的な意味合いもあるけどね。。。

 法律というものは、そのものの存在によって、犯罪を抑止するためにある。死刑になりたくないから、人を殺してはいけない。。。その最低限の抑止効果を期待したものの1つである。。。ただ、人の命は、昨今、とても軽んじられて報道される場合が多い。誰も、平和に、元気に、生きていきたい。ところが、犯罪によって、この至極当たり前の権利が、ある日突然、奪われてしまう。。。こんな悲劇が起こる。

 犯罪を起こす方は、自分の命なんてどうでもいい。自分の生きたいように生きたいという考え方。被害者の方は、普通に幸せに大事な人生を暮らして生きたかっただけ。。。この2者に、命というものへの感じ方や、価値観の大きな差があるんや。。。

 今回の裁判では、弁護士という職業にスポットライトが当たった。この元少年の弁護士たちには、日本中から、バッシングのメールが来たのやろう。また、マスコミなどでも、徹底的に叩かれたやろう。。。日本中の多くの人が、この犯人は許せない。。。死刑になるのが当たり前や・・・と、思っている中、この元少年の弁護をずっとやってきて、世間の矢面に立たされた弁護士の苦悩。。。。とても、人格的に問題のある元少年の何とか命だけは助けてやりたい・・・そんな思いもあったんやろう。。。それが、記者会見で感極まって泣いたというのにつながった・・・それまでは判るのやけど。。。何か、少し違和感を感じたね。。。これも、泣き落としの演技の一つやないのか。。。そんな風に、勘ぐってしまうような、人間不信にさせられるような、何かが、今回の事件にはあったね。。。。

どらえもんが助けてくれる。。。とか、殺した女性とエッチしたら生き返ると思ったとか。。。。殺人罪ではなく、傷害致死罪なら7年で出て来れる・・・・。とにかく、この事件での元少年の発言は、異常極まっている。。。精神異常だったら、罪に問えないとか、日本の法律は、何故か、いつも、犯人のことばっかり考えておる。。。殺された方の遺族の立場に立った量刑が、考慮されるべき時代に来ておるのやないかね。。。裁判員制度の導入も、今までの日本の裁判への疑問から出ているところがあるのではないか・・・と、ちょっと感じた。。。