匿名の時代・・・ちょっと待った!
9/13(木) 私が以前から指摘していた事が、やっと、朝日新聞で、問題にしてくれた。。。匿名の時代という記事の中で、学校で、電話連絡網が出来なくて、先生が台風の時に、全校生徒へ休校の連絡をしたが、何名かの生徒が連絡が間に合わず、登校してしまった・・・というのだ。。。
個人情報保護条例というのが、施行されて数年たつけど、どうも、綻びが出てきている・・・。というのを指摘している記事だった。私は、この法律の出来た経緯が、どうも、役人達の都合の良いように、利用するために出来た法律のような気がしてならないんや。。。
こんな法律が出来ていたとしても、高校生の娘には、どこからか大量の大学やら専門学校のDMは来る。七五三の時には、その案内が、成人式の時には、レンタル着物の広告が、ちゃんとくる。。。問題にしているのは、この住所と名前の情報を、どこから手に入れたのか・・・と、ヒステリックに叫ぶ人たちがいる。。。ということなんやろうね。。。
こんな人たちは、国家や企業に、自分の情報が掴まれているのが、悔しくて悔しくて堪らない人なのかも知れないけど、よくよく考えてみたら、何も、それによって、不利益を被った訳ではないのである。。。
戦前や、戦時中、そして、安保闘争の激しかった時などに、国家が憲兵隊や公安などにより、共産主義者を探し出そうと、徹底的に個人を管理統制して、国家転覆を謀るような不穏分子を捜そうとしていた感覚が、まだ、これらの人の中にはあるようで、左翼系の人は、特に、個人の思想やすこに住んでいるという情報すら、知られたくない・・・。という、人が多かったんや。。。
日本のように、個人意識が、まだまだ確立していない国で、ストーカー事件などがあると、どうしても、日本人は過剰反応を起こしてしまって、自分がどこどこに住んでいるという情報まで、隠してしまえ・・・というような雰囲気になってしまった。。。そして、出来たのが個人情報保護条例なのである。ところが、いざ、施行されて、どうなっただろう。。。一部の変わった感覚をお持ちの人たちの欲求を満たすために、どうも、かなり不便になってないやろうか。。。
例えば、電話帳である。昔は、電話帳に自分の名前がちゃんと載っている事は、まっとうな人の証明であり、社会的に戸主であると認められている。。。そんな意味があったと思うんや。。。反対に、電話帳に名前も載せない・・・。こんな人は、過去に犯罪歴があるとか、自己破産したとか、借金取りに追われているとか、などの、何か特殊な事情のある人だけやった。。。だから、宅配の業者さんは、お留守の家でも、夜に電話さえすれば、在宅時間を簡単に聞けたし、無用な不在連絡票なんて必要無かった。ところが、今や、電話帳に自分の電話番号を載せないのが当たり前になってしまった。。。これは、不便になったね。。。
子供同士の年賀状のやり取りも極端に減ってしもた。。。相手の住所も名簿で調べられないからね。。。○○ちゃんのところへ子供が遊びに行った。。。ところが、そこで、子供が忘れ物をした・・・。親が取りに行かなければならない。。。でも、住所が判らない。。。こんな不便は、限りなく増えた。。。
逆に、病院でお見舞いに行った人が入院しているかどうかの情報まで、なかなか教えて貰えなかったり、個人情報ですので。。。と、断るための言い訳に、この法律が使われている事の多くなったこと・・・・。いくら何でも行きすぎやで。。。と、思う事もしばしばや。。。。
私は、この個人情報保護条例の制定は、はっきり言って、「薬の効きすぎ」の部分があると思うんや。。。どうも、今の世の中には、人との間の距離を広めよう広めようと思う人が増えて来たのか・・・と、思う時がある。。。。この根底には、自分さえ良かったらええ。。。という、個人主義というより、利己主義的な考え方の人が多くなってきてしまっている・・・ということがあると、思うんや。。。
本当は、もっと、人と人は、密接に関わった方が良いのに、その流れに反して、どんどん家の中に引きこもって行くような感覚が強くなってしまっているのは、あんまり良くない事やね。。。女の人の一人暮らしならまだしも、男性の人も、家に表札を付けない。昔やったら、表札の横に電話番号まで掲示してあったのにね。。。
私は、今のような世の中と、昔のような世の中と、どちらが、まともな世の中か・・・というのを、今一度考えてみるべき時やと思うんやね。。。難しい問題やけど、法律の綻びは、早い目に修正しておいたほうが良いと思うんやわ。。。