何でもかんでも、国の責任・・・という時代やないで! | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

何でもかんでも、国の責任・・・という時代やないで!

9/9(日) 世の中にはもめ事というものが増えて来ているみたいで、裁判所は大はやりや。。。毎日のように裁判が行われていて、毎日のように判決が出ている。。。その中で、いつも、矛盾を感じるのが、国賠(国家賠償責任)に関するものである。。。

 誰かが、悪いことをして、その人の罪を裁くのが、普通の裁判であるとしたら、この国賠というのは、悪いことをした犯人が特定出来なかったり、もう無くなっていたり、賠償能力がない場合に、被害者救済の意味合いで、国が訴えの相手になるケースになる。。。

 先日も、薬害裁判で、珍しく原告敗訴の判決が下りていたが、こんなのも、典型的な国家賠償の裁判やね。。。C型肝炎になった患者が血液製剤を作った製薬会社とその製造を許可した厚生省を訴えているものやけど、今度の裁判の裁判長は、当時、フィブリノゲンは、有効な薬として使われていて、国はこの製造販売を認めた事は、後からは失敗であったけれど、当時は仕方なかったとして、国側の責任が無い・・・・という判決を出した。。。。

 訴えられている国というのは、実は我々国民の払った税金を元に敗訴すれば賠償し、勝訴すれば、賠償しない。。。当たり前のことなのだが、この葛藤がある。。。私は、この当時、血液製剤を安全なものであるとして、人の血液から作った薬を患者に与えてもよいとした人たちが、賠償責任で訴えられるのなら判るのだが、それがなぜ、血税から支払われるべきものか・・・その理屈に合点がいかないことがあるんや。。。

 もちろん、医者を信じて、フィブリノゲンを点滴されて、その点滴によって、肝炎のウィルスが体内に入ってしまって200万人もの人が感染した。。。この事実は大変重い。。。当事者のミドリ十字だけでは、こんな賠償責任を負う事が困難や。。。だから仕方なく国が賠償する。。。この構図は理解出来るのだが、ナンヤラ、税金で賠償することに、抵抗感は無いか???

 お金を払うということは、普通、こっちに過失があったり、人に迷惑を掛けたりしたからするもんやろ。。。ところが、この厚生省の人たちや、薬事審議会の人たちは、我々国民の選んだ人ではない。。。どこの誰かも判らない人が、ミスって、やってしまったことを、なぜ、我々の支払った税金でケツ拭かなあかんねん・・・という感覚になるのは無理無いのやないかね。。。。つまり、この辺りが、ものすごく不明瞭なんやね。。。

 これは、極めて社会正義の問題であると思うんや・・・。ただし、第一義的には、危険とは知らなかったとはいえ、禁断の血液製剤を作った会社が悪いことにせんと、モラルハザードが起こると思うんや。。。そして、それを見抜けなかった厚生省の薬事審議会メンバーも罪がある。ただ、ミドリ十字も薬事審議会メンバーも、我々のミスで、みなさんの納めた税金から多額のお金を使わせることになって、大変に申し訳がない。。。。ただ単に、謝って済む話ではないけど、国民に土下座してでもお詫びする態度が、全く無いから、釈然としない部分があるのやないか・・・と思うんやね。。。

 日本人というのは、何でも、なあなあ・・・にしてしまう悪い癖がある。それは、狭い国土で、出来るだけ波風を立てないで、仲良く暮らして行こうとする国民性から来ているのやろうけど、これが、悪く言えば、身内や知り合いを必要以上に庇ったり、問題のある人がいても、うやむやにしてしまって、問題化を避ける・・・・という風潮を作りだしているのやないかね。。。社保庁のネコババ事件の時もそうやったように。。。そして、つけ回しは、国にさせる。。。つまり、全国民が親方日の丸感覚に染まってしまっている・・・。こうとも、言えるやんか。。。

 それと、もひとつ。。。日本人はまだまだ、納税者意識が低い。。。だから、一旦支払った税金は、もう、自分には関係のないお金であると、あきらめてしまっている部分がある。。こんな感覚やから、税金や年金掛金を、役人らに好き放題に使われたりするんや。。。そやないで。。。しっかり、我々の支払ったお金の行き先を、監視してまっせ・・・。下手なことしたら、許さへんで。。。という気持ちや態度が大事なんやね。。。

だから、国賠の時でも、どうせ、「お上の金」やから、自分の腹は痛まないと、勘違いしている人がほとんどや。。。賠償するお金も、我々の税金である・・・という感覚が、もっともっと大事やと思うんやけどね。。。そうしたら、少しは、世の中の身方が変わってくるのやないかと思うんや。。。