国家賠償の難しさ
6/5(火) 犯罪被害者を救済するために、国が被害者にお金を支払う・・・。そんな事例が増えて来ている・・・。
私は、この思想自身は、けっして、悪いことだとは思わないのだが、その支払ったお金が、もともと税金であるということを考えると、少し納得出来ない部分があるんや。。。森永粉ミルク訴訟や、カネミ油症事件の被害者が、国の責任を問うて、国が責任を認めて、賠償金が支払われているやんか。。。
これって、まだ、国民みんなが、納税者意識が低い時代やったから、良かったのかも知れないけど、今やったら、どうかね。。。何で、森永乳業や、カネミ油の会社に、全額支払わせないのか・・という議論が起こって、当然やと思うんや。。。
もし、大問題を起こした会社が、倒産してしまったりしたら、国がしかたがないので、被害者に弁償することってあるやんか。。。これって、ホントを考えていたら、すごく、おかしい考え方やんか。。。他に、被害者救済の方法が無いから、国が賠償する。。。こんな考え方は、まるで社会主義国みたいやし、元がわれわれの納めた税金だとしたら、何にも関係無い全員の納税者は、なぜ、その費用の負担を間接的に国が支払ってしまうことで、不利益を受けてしまうことになるやんか。。。これが、納得出来ない原因になる。。。
どうも、この思想が、どんどん拡大解釈されてきて、国家賠償という考え方が、どんどん拡がって来てしまったら。。。モラルハザードが起きないかを懸念するんや。。。親方日の丸の感覚で、どんどん払っておったら、何でもかんでも、税金で処理してしまうような、そんな風潮が蔓延してしまう。。。困ったもんや。。。
この頃の国家賠償を見ていたら、警察がえん罪で痴漢に仕立てられたから、訴えるとか、公務員に、役所で暴言を言われたからとか、ほんと、情けないようなのが目に付く。もちろん、役人の方に非のある場合も多いのだろうが、それって、ほとんど、その個人に問題のある場合がほとんどやんか。。。そんなのに、いちいち、公金で賠償していたら、らちがあかんやんか。。。
市バスや地下鉄でケガをして、賠償を払うケースでも、その原因って、ほとんど個人的なものやんか。。。その賠償金に、公金を、使ってええのか???って思う時も多い。。。
最近の日本では、昔とは、大分、感覚が変わってきている。それは、世の中全部が、これから、いったい、どういう社会にしたいのか。。。その指針が明確に打ち出されていない。。。こんなところが、迷走の原因になっているのやないかね。。。
これからの、税金の使い道は、私は、少なく集めて、大事に使うようにせんとあかんと思うんや・・・。だから、何でもかんでも国に支払わせたらええという、考え方は、まず、根絶せんとあかんと思うんや。。大きな政府より小さな政府にして、役人がする仕事は、本当に必要な最低限の行政サービスだけにしていく。。そんな努力を続けていかんとダメなんやないかね。。。
例えば、この前にあった愛知県の狙撃チームの隊員が殺された件。。。この警察機動隊の隊員さんが、犯人の放った弾丸に屈したわけだけど、この遺族の人に、どうすべきやと、思う?みんなの公金で、死亡のお見舞い金を払うべきだと思うか?
この隊員を殺したのは、立て籠もり犯である。本来、この人が殺されて、その人が亡くなった事に対する不利益は、この犯人が賠償すべき事である。ところが、この犯人は、資産もなく、裁判で死刑になったら、そんなのが出来なくなる。だから、この機動隊員さんは、殺され損。。。だけになる。。。
もちろん、死亡したのだから、いくばくかの死亡保険金が支払われたり、死亡退職金が支払われたりはするやろう。。幼い子供が成人するまでの社会的な多少の保障はあるかも知れないが、基本的には、何もないのが現実やと思うんや。。。
でも、もし、こんな悲惨な事件での犠牲者を、国家で賠償して、面倒を見ていこうというような、コンセンサスが形成されていったとしたらどうなるやろう。。。いろいろな事件が起きるたびに、犯人に代わっていちいち、国が賠償していたら、ものすごい不公平が出てくることになるやんか。。。だから、難しいんや。。。
例えば、国は、そんなのに、保険でも入って行くような手は無いのやろうか。。。保険屋を儲けさせるだけかも知れないけど、某かの救済措置は必要。でも、公金の支出はままならない。。。ほにらどうしたらええのか。。。こういうことになると思うんやね。。。
国は、あてにならない。。。そう思っている方が、実は健全やったりする。。。何でも、公金で何とかしようと思う発想は、不健全やし、不逞の輩を増長することにもなるからね。。。