臭い物には蓋をしておけ! | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

臭い物には蓋をしておけ!

3/11(日) 自民党の中に、憲法改正を視野に入れるために、国民投票法案をこの5月に通そうという動きがある・・・。何か大事な事を決めるときに、地方では、住民投票という方法が採られてきた。これの国版なのだが、私には少し性急で、唐突・・・な気もする。

 何か、物事を決めるときに、多数決で決めるということは、今では一般的で、賛成意見の多い方に決まるというのは、一番フェアーな方法であると、誰もが信じて疑っていない。でもね、私は、あえて、この多数決の論理に、少し異論を唱えてみたい。なぜなら、国民はまだまだ、本当の個の意見が十二分に確立されているのかどうか・・・という、議論が、置いてけぼりになってはいないか。。。という点が、懸念されるからである。

 民主主義のルールは、実は、多くの意見を集めた者に従うと同時に、少数意見の者の意見を最大限尊重するという点にも特徴がある。議会制民主主義は、そんな多種多様な意見を集めるような手法なのだが、白黒を単純に決める国民投票法が可決となると、国会の意味が薄れてしまう懸念もある・・・。

 日本人は、一般的に、何か、物事を決めるときに、他の人に流されて、決めてしまう「きらい」がある。隣の人の意見を聴いて、それと同じにしておこう・・・という人が多いのである。これは、その人たちとのグループの中の「和」のほうを、「個」より重んじる傾向がある。ということなのである。

 あるグループでリーダー的な人がいたら、その声の大きい・・・、あるいは、他の人より何がしらの力のある・・・、あるいは、仲間の多い・・・、そんなことで、その人の意見に合わせてしまう人が、実はものすごく多いのではないかと思うわけである。このことは、人との関係に、波風を立たせたくない・・・とか、意見を出して目立ちたくない・・・とか、そういう心理に裏打ちされているから、困ったものである。本当のところは、自分は、反対意見なのに、あの人がこう言っているから、その意見に従っておこう。。。あの人の機嫌を損ねるぐらいだったら、何にも意見を言わない方が、丸く収まる。。。こんな考え方の人の何と多い事か。。。

 これは、島国日本で、うまく生活して行くための智恵であり、この人間関係重視の傾向が地方で強いから、保守は消極的保守票を大量に取れるのである。。。私は、何でも右に倣え・・・。の、国民性の根本が、ここにあると、感じているのである。

ある1つの事が流行ったら、あっという間に、それが日本中のブームになっている・・・。という現象がしばしば日本では見られることが多いやんか。これなんか、典型で、女子高生と言ったら、ルーズソックスをはいていないと、ダサイ。。。なんていうカタチを、勝手に作ってしまっているのやんか。。。これって、実はものすごく怖い事なんやで。。。

 流行の現象の裏側には、時代に取り残されないように・・・とか、他人と違うことをすること・・・への恐怖感がある。つまり、人と違う事・・・が、実は日本人を一番、精神的に不安定にさせる・・・そんな要素が少なからずあると思うのである。第二次世界大戦に向かって突き進んでいた日本が、そうやった。全てがお国のため。天皇陛下に逆らう者は、みんな逆賊、非国民・・・。人と違う考え方や、行動を取ることが、「悪」とされていた時代だから、この孤独の不安心理を最大限に当時は利用していたんやね。。。

 国民投票法案というのは、実は郵政改革など、国のカタチを大きく変えるときに、選挙以外で国民が直接表現する方法が無いだろうか・・・として、出てきた案である。これは、小泉さんというカリスマ首相が、熱狂的な国民の支持を受けて首相に就任した時に、この議論が始まっていて、この時には、日本も国民が直接首相を選べるような大統領のような権利を日本の首相にも、与えてはどうか・・・こんな流れの中から生まれている。。。

 このことは、実はヒットラーやムッソリーニなどの独裁者がだんだん、より強い権力を自分に集中させて、独裁的な力を強めていった過去に大変よく似ているのである。。。結論から言おう。日本人には、欧米型の1人のスーパースターが何でも強大な力を持って、ガンガンと政策を進めて行くようなスタイルは向かないと思う。複数の指導者が合議で進めていくスタイルの方が相応しいと思うのである。なぜなら、この1人に権力を集中させてしまうと、その人がどんどん、精神的に上り詰めていってしまって、結果として、誤った政策を決定してしまう教訓が多いからである。

 石原慎太郎型、小泉純一郎型のリーダーは、みんなが待望して、歓喜して戴くのだが、実は、たった一人の判断に、国の行方を委ねてしまうという、とても恐ろしい事を可能にしてしまう事になるからである。。。日本人が好きなスタイルなんだけど、リスクが高すぎて、怖いのである。。。

 日本が核武装すべきであるという人が、戦後62年経って、出てきた。。。世界で一番、平和のありがたみを受けて、その恩恵を享受してきた日本が、一番、言ってはいけないタブー視されてきたことを公言する人が出てきた。核兵器の世界唯一の被爆国である日本が、このような発言をすることが、いったい、どれだけ大きな影響を世界に及ぼすか・・・。その意味をもっと、慎重に考えて発言すべきやと思うで。。。

 安倍首相の日本軍や官憲が直接、嫌がる女の人たちを無理矢理連れて行って、慰安婦にしたという事実は無いと発言した。この発言は、「日本軍の関与は無かった」という一点だけを言いたかったのだろうが、世界は、そうは、取ってくれない。。。これが、「下手な言い訳」に取られるのである。。。お陰で、日本に比較的温情的だった議員まで、敵に回してしまった。。。アホやなぁ。。。

 日本の軍隊は、売春婦の性病検査までしている。それは、性病なんて軍隊で蔓延したら、えらいことになるからやったことなんやけど、これを他の国の人が見たらどうなる。果たして、日本軍人が、民間人を強姦しないように・・・とやったことなんや・・・って、百ぺん言うたって、そんなの通らへん。。。慰安所の運営に直接かかわっている・・・と、見られるのが当然やんか。。。これは、しゃあないで。。。

 中国の故事に五十歩百歩というのがある。有る戦争で、自軍の旗色が悪くなって、逃げ出した兵士同士の会話である。前線から、50歩後退した兵士が、100歩後退した兵士に言った「おい、お前、100歩もお前は逃げている。卑怯やんか・・・」100歩逃げた兵士が言い返した「50歩であろうと、100歩であろうと、逃げ出したということに変わりはない・・・」これと、ちょっと似ている話やんか。。。

 中国や満州で日本軍が慰安所のお世話になっていた。。。これは、事実や。ここで働いておった売春婦には日本人もいたし、朝鮮人も多かった。ここに連れてこられた経緯は、儲かると思って、求人に応募した人もいるやろうし、家が貧しくて口減らしのためとか、家族の生活を支えるために、嫌々来た人もいた・・・。中には、半ば強引に身売りされたような可哀想な人もいたやろう・・・。ここまでは、誰も、異論は無いやろう。安倍ちゃんは、このうち、女の人を日本軍人が銃剣を突きつけて、無理矢理かわいい女の子を集めて連れてきたということはないって、言っている。ところが、朝鮮人娼婦だっ人は、日本人かどうかは知らないが、軍服のような服を着た人に連れていかれた・・・と、言っている。。。

 私は、このことをちょっと引いて考えてみると、この軍服のような服を着た人が日本人であったか、日本人で無かったか・・・。そんなことに拘る必要が本当にあるのか・・・と思うんや・・・。何か、ケツの穴の小さい話やんか。。。そりゃ、何万人もいた娼婦の一人一人を検証したって、あんまり意味のないことやと思うで。。。もし、一人でも、日本人の不心得者がもしおったら、全部日本軍のせいにされてしまうのやから、こんなのを、必死で争うのは損やで。。。河野談話やら村山談話が、国益を削いだとか、見直すべきやとか、やいやい言っておる人は多いけど、60年以上前の、自分が見てもいないような、ちゃんとした証拠の見つかる可能性の少ないものを、重箱の隅を突くような事を言っていて、何の意味があるのや。。。

 確かに、ろくに調べずに、とりあえず謝っておけ・・・という、当時の河野官房長官の発言は、少し情けなかったのやけど、せっかくこの時、恥を忍んで謝ったのに、その謝った内容が間違っていたなんて一国の首相が言うたら、どうなるんや・・・。この謝罪内容そのものを、全面否定してしまうことになるやんか。。。その結果、どうなった?大騒ぎで韓国・中国はもちろん、親日的な米国人まで敵に回してしもたやんか。。。下手くそなことをしたもんや。。。河野談話を踏襲するって言っておきながら、日本軍は連行に関わった事実は無いなんて・・・。ぜんぜん、潔く無いわ。。。

 この例を見ると、安倍ちやんは、あんまり、大局が見えてないね。。。。少しカルトな右好きの若者たちの意見が、国民大勢の意見であると勘違いしている。。。実際に、戦争に行ったお年寄りたちが、我々は酷いことをやった・・・と言っているのに、そんなに酷いことまではやってないなんて、必死で言って何になるんや。。。これが国益を守ることや・・・なんて信じているのやったら、お門違いもええとこやで。。。

 もう、この件は、すみませんで、何にも言わへん方が良い。蒸し返すことが、一番国益のためにならん。。。そう思わんかなぁ。。。