まだ生きてたサムライ魂
11/3(祝) 教育が問題や、問題や・・・と言われて久しいけど、よくもここまで学校関係のニュースが毎日毎日出るんや。。。インチキ履修。いじめ自殺・・・。今まで聖域とされて、隠蔽されていた、学校という伏魔殿が開いて、いろいろなことが、もう隠し切れなくなって、一気に吹き出して来た・・・そんな感じや。。。
そんな中で、履修偽装をしたと報道された高校の校長先生が首吊り自殺をした時の、遺書が公開された。。。。生徒たちには瑕疵がない。。。お願いだから、受験生に不利にならないようにだけは、してほしい。。。「一命副えてお願い致します。。。。」
まだ、サムライみたいな先生は、生きていたんやね。。。悪いのは、私だ。生徒には何の責任もない。。。自分の命に替えても、何とか子供たちだけは護りたい。。。この潔さ。。。今どき何や・・・という意見もあるやろ。逃げているだけや・・・と言う人もいるやろう。。。。自殺されても、何にも状況は変わらないというのも、ホンマやろう。。。でも、殺伐としたこの世の中で、自殺という、その方法に問題があるにせよ、そんなに簡単に出来る事やない・・・。ホントは、生きて、子供たちのために苦労してほしかったけどね。。。
鹿児島でもまた、先生が自殺しとる。先生としての指導力が無いと判断されて半年間の「研修」という名の島流しをされた女の先生である。中学の音楽の先生が、国語や数学を教える???そんなのええんかと思うような事実も出てきた。。。この教師の上司によるパワーハラスメントによって、自殺しますという遺書もあった。。。。これは、怨みを晴らすための自殺やね。。。
日本人は、「死をもって、報いる」とか、「死んで、お詫びを」というのが好きである。。。。それが、究極のダンディズムであるとか、最大のそして最後の一撃を相手に加えられる唯一の方法であるとか、また、世界で一番の思いを伝える方法であるとか、あるいは、最大の逃げ道であるという考え方が、あるのだろうか。。。
でも、私は死ぬことは、「卑怯」であると思う。生きることは、確かにつらいこともある・・・。でも、良い事だって、いつかはあるやんか。そう、信じてな生きてられへん。。。だから、自らの命を、自らの手で絶つという方法は、絶対にやったらあかんことやと、思う。。。。
人は、人様のおかげさまで生きている。いや、自分は、人さまに、生かされておる。そう考えてみぃ・・・。自分が、たった一人でもええ、誰かのためになっている。。。。ちょっとだけでもええ、誰かの助けになっている。。。そう、思えたら、絶対に死ねへんやんか。。。。だから、人は、誰かのためになって、その人によって、生かされている。。。そう、考えられるやんか。。。
人間、歳をとると、だんだん体力やら気力が衰えてくる。でも、若いうちは、何とも思わなかった事が、だんだん出来なくなってくる。根気も無くなってくる。でも、生きていられるのは、家族やら、ご近所の人やら、友達やら、いろいろな人と、関わっているからや。いろいろな人が、いろいろな生き甲斐を持っている。そのおかげで生きていられる。
死というのは、本当に人間が生きられなくなって初めて許されるもの。まだまだ生きられるのに、命を絶つということは、良くないことである。死んでどうする。そんなに命を粗末にするな。
何でも、「死ぬ気」でやったら、出来ない事なんてないって。。。