礼儀知らずの教職員たち | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

礼儀知らずの教職員たち

9/25(月) 東京都教育委員会が、入学式や卒業式で国歌斉唱、国旗掲揚の時に、起立しなかった教員を処分した件で、教職員が国歌・国旗を強要するな。皇国思想の押しつけであると、処分無効と、教職員に対する慰謝料を求めていた裁判で、東京地裁は、国旗・国歌の押しつけは違憲であるという判決を出した。

 国歌斉唱・国旗掲揚というのは、軍国主義的イメージやら、復古調のイメージがあると、この人たちは考えているのだろう。でも、どこの国でも、自国の国歌や国旗の掲揚をするときには、起立して、脱帽するのは、当たり前なのやないやろうか。。。

 何故かと言うと、国旗というのは、その国、そのものを指し示すものであり、国歌は、その国を象徴するものであるからである。この方々は、外国でのミーテングとか、スポーツの大会でも、起立せず、相手の国旗や、国歌に対して、敬意を表さないのであろうか。。。。

 こういう人を「失礼な人たち」という・・・・。国旗、国歌の問題は、実は礼儀の話であり、これを政治的な信条とか、信教の自由とかいうのと、全く別のものである。うまく、話をすり替えている・・・としか言いようがない。。。

 こう言うと、いや、そうではない。我々は、君が代、日の丸に反対しているのである・・・。と、おっしゃるのである。それなら、それに代わる国旗や国歌を作って、これを国旗、国歌にしようという運動でも、されたらよい。多分、国民投票をしても大敗するやろうけどね。。。

 国旗・国歌法案が国会を通った時点で、日の丸が国旗、君が代が国歌であると、正式に法律で、決まったのであるから、それを個人的、組織的に認めないのは、多数決で決める民主主義の根底をも否定することになる。つまり、みんなで決めたことを、自分の考えとは違うからと、その決定に従わない、ただの「だだっこ」に他ならない。。。

 ただ、民主主義というのは、少数意見の尊重というのも、唱っていて、実際の決定とは別に、例え、意見が異なっていても、十分な発言の機会が設けられなくてはならないとされておる。でも、最終的に採決されて、決定されたものに従うこと。これが、民主主義の基本やろう。。。

 しかし、それにしても、未だにバリバリの日教組組員はいるのやなぁ・・・。組織率が2割を切っていると聞いていたけど、こんな共産党バリバリの先生を許しておいてええのかなぁ。。。

子供を持つ、親の立場からしたら、こんな赤い先生方に子供を教えられたら、正直、かなん。こんな先生を担任から外してもらう権利は、無いのか。。。と、言いたくなる。。。

 生徒が先生を選べない方が、問題が多いような気がするね・・・。こんな先生は、かなり協調性のない人が多い。自分の意見、思想をしっかり持つのは、ええけど、これを人に押しつけたらあかんわなぁ・・・。先生は、有る程度の中立性が求められるはずや・・・。自分の言う事は、立派に主張するけど、人の意見には耳を貸さない・・・。相手を言い負かした方が勝ち。。。いやな世界やね・・・。

 子供たちに、自分たちの偏狭な歴史観やら、変な正義感とか、赤い思想を刷りこまれたら、たまらん・・・。そもそも、教師というものは、聖職やと、昔は言われておった。ところが、しばらくしたら、ただの人になって、最近は、ただの宗教家になったのか。。。競争のない学校という、外から隔離された器の中で、何をやってもええという時代は済んだ。

問題のある先生は、罷免出来るようなシステム作りが必要やろうね。。。