よく生きる | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

よく生きる

5/31(水) 続く時には、続くもので、先週の金曜日に、久しぶりにお通夜の仕事が入って、翌土曜が告別式、その日の夜にまたお通夜が入った。2つ珍しく続いたなぁ・・・と、思っていたら、何と、翌日の日曜の告別式の後、買い物をして帰宅した途端、また連絡があり、日曜の夜もまたまたお通夜が入った・・・・。と、いうことは当然月曜の朝もお葬式があった。火曜日が友引だから火曜日のお葬式は普通無い。だから月曜の夜は久々にゆっくり夕食を食べられたが、火曜の夜は、またお通夜がダブルヘッダー。そして水曜の朝のお葬式もダブルヘッダー・・・。

 つまり、先週以来、毎日喪服を着続けている・・・しかし、ここまで続くのは珍しいね。。。ホント・・・。

 人は、いつ死ぬものなのか判らないけど、季節の変わり目、ちょうど寒い頃から急に暑い日に変わるこの時期、体調を崩して亡くなってしまう人が意外と多いというのは、よく聞く話である・・・。これから暑くなると、だんだんカラダも暑いのに慣れてきて、意外とお葬式は続かないのだが、夏から秋の季節の変わり目にまた少しだけバタバタと忙しくなるから、不思議なものである・・・。月の満ち欠けが関係していると、誰かが言っていたけど、これはわからん・・・。

 ギフト業の方で、お葬式関係の仕事をしていると、六曜でいろいろな予定を立てる場合が多い。六曜とは、先負、仏滅、大安、赤口、先勝、友引の6つの曜日のこと。1ヶ月を5等分して6日間を1つの周期とした暦のひとつで、友引の日に火葬場がお休みになる所が多いから、葬儀関係者は、この六曜を目安にお休みを設定する人が多い。もっとも、京都などの大都市では、火葬場は365日開いているし、キリスト教式や神式のお葬儀には関係がないのやけどね・・・。

 さて、ある人が亡くなったとしよう。大概、人が亡くなるのは夜中か未明が多い。亡くなったら葬儀社と葬式の打合せをするのだが、大概、遠方から親戚が来られたり、死亡の連絡に時間がかかることもあり、亡くなった当日にお通夜をするのは稀である。普通、その翌日にお通夜をするケースが多いのやないやろうか・・・。ところが、亡くなった日の翌々日、つまり告別式の日がたまたま「友引」になるケースが1/6の確率であるのである。

 こうなったら大変である。何とか、1日早く亡くなった日の夕方に、強引に、お通夜をやってしまうか、友引の日の葬儀を1日遅らせて、2日後にお通夜をするか、どっちかの選択をしなくてはならないのである。冬場ならまだ良いのだが、夏の暑い時は、ご遺体の腐敗の関係上、使うドライアイスの費用も1日15000円とバカにならない。友引開けの「引き開け」に回したら、ドライアイス代だけで、最低3~4日分で、45000円~60000円もかかるのである。

 だから無理して、亡くなった日の夜(友引の日の前々日・引け前)にお通夜をなんとかやってしてしまおうという、お家が多い。こんなことから、友引の前日である先勝の日の告別式が多く、友引の日の夜にあるお通夜も、多くなってしまうのである。この日に当たったら、小さな火葬場なら、人が多いし、混雑もする。骨上げまで順番待ちなんていう事もあるらしい・・・。

 人一人が死ぬということは、大変なことである。つい昨日まで、世の中に存在していた人が、ある日突然、その存在自身が無くなってしまうということやからね・・・。死というものは、誰にもいつかは訪れるもので、それから逃げられないものなんやけど、出来ることなら、苦しまないで、ある日、突然死にたいものである。病院で長い間闘病して、周りのみんなに迷惑かけて、お金も山ほどかけて、死ぬよりも、ポックリ、ある日突然死ねたらどんなに、嬉しいやろう・・・。これは、葬儀社の社長さんの口癖である。

 いろいろな人の死と向き合って来たからこそ、言える言葉やろうけどね・・・。人は、どう生きるかより、どう死ぬかや・・・・。人は死ぬために生きているんや・・・こんな禅問答みたいな言葉も、出て来るのだけれど、私は「どうせなら、よく生きたいね。」と、答えてみた。「よく生きる」とは、「一生懸命に死ぬまでの時間を悔いなく過ごす事」と、解釈していただきたい。「よく」は「良く」なのか、「欲」なのか、「抑」なのか・・・・いろんな意味がある。良く生きる。欲を求めて生きる。自分を抑して生きる・・・。

人の生き方はそれぞれかも知れないけど、意外と人は同じ目的を持って生きているのやないかね・・・。そんな気がする。。。