ヒルズ族は果たして日本人の目標か・・・ | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

ヒルズ族は果たして日本人の目標か・・・

5/27(土) 耐震強度をごまかす。年金掛け金を払っている人数をごまかす。見本市の入場者数をごまかす。決算の数字をごまかす。駐車場の利用者数をごまかす。税金の支払い額をごまかす。。。。

 よくも、まぁこれだけ続くもんや・・・。日本人は、確か、「誠実」が取り柄だったのではないか・・・。日本は、少し前までは、「嘘をつくということ」は、恥ずかしいことであるという国やったはずや。恥を最も嫌う国やったはずや。ところが、最近、これが平気なことに、なってしもた・・・。これが今の日本の病状を端的に表しているのやないかね。。。

 国家の品格とか、国柄とか、最近、復古調の言葉がポンポン出るようになってきたのも、こんな現状を嘆いてのことやろう・・・。私は、「人から尊敬されること」と、「人より稼ぎがあること」の2つを天秤に掛けたとき、大きな稼ぎがある人の方が、社会的に認められているというのが、あかんことやと思う・・・。尊敬される人は、昔の日本人の概念からしたら、人生の目標でもあった。末は博士か大臣か・・・・。人から尊ばれることは、日本人として、一番素晴らしいことやったはずや・・・。

 ところが、博士は女子高生のスカートの中を携帯カメラで撮影したとして逮捕されるし、大臣は賄賂をもらったり、桃色接待を受けたとして辞任するし、「偉い人」の権威というものが、地に墜ちてしまっている。カネはあんまり無いけど、素晴らしい研究を残したり、素晴らしい発明をしたり、世界の恵まれない子供たちのために働いたり、日本人としての心の支えになったり、今でも、そういう概念を素晴らしいことであると思う人はまだまだ、多いはずやと思う・・・。

 でも、それより、六本木ヒルズに住んで、勝ち組になることや、国益のため、とかいって、国としての目先の利益を追うこと、マスコミの話題になること、真っ白のベンツに乗って、特別の美男美女をはべらかせて、派手で華麗な生活をずっと送ること、の方がよっぽどええ人生やと思う人が増えてきてしまったのが、この国の不幸なのかも知れないね。。。

 こんな生活がいかに、空虚で、虚しいものであるか、いくら高いもの、良いものに囲まれていても、心の奥底でどこか、えもいわれない不安感がある。この正体が何であるのかが、気付かない人は、やっぱり不幸なのやろうと思う。人は何のために生きるのか。心の安寧や、欲望の充足、種の継続のために多分生きている。

嘘をつく人は、「本来、正直である自分」を裏切ることを出来る人である。良心をいとも簡単に捨てられることは、その人の人格自身を否定してしまうことに他ならない。「嘘を付くこと」を「悪いこと」と思わなくなった。これは、ある意味、病気であると私は思いたい。人はもともと、悪いことをしないものだという、性善説でいたい。これが日本という国の大前提なのだからね・・・。ごまかし人間が、当たり前になってしもたら、日本人は常に、見張ってないと悪いことをしでかす国民性やということになってしまう。こんな人間が、尊敬されるハズがないし、もし、こんな国民性を目指すとするのならば、国の指針が完全に間違っとる。。。