『名作映画完全セリフ集 サンキュースモーキング スクリーンプレイシリーズ143』

監修 柴田純子




映画のタイトル THANK YOU FOR SMOKING
監督・脚本 ジェイソン・ライトマン
原作 クリストファー・バックリー
製作 デヴィット・サックス




この映画について



この映画の主人公、ニック・ネイラーは、(中略)、タバコ業界のロビイストである。

ロビイストとは、特定の企業や産業にとって政府や議会が都合よく動くように工作する、広報活動のプロフェッショナルのことだ。

ニックの任務は、アメリカの巨大タバコ会社連合、通称「ビッグ・タバコ」にとって不利な法律が成立しないよう、そして世間の嫌煙ムードが少しでも喫煙の方向に向かうよう、世論を操作することにある。


中略


本作はタバコ産業の不正を文字通り「もみ消す」側の視点から描いたブラック・ユーモア満載の知的コメディに仕上がっている。


中略

しかし、この映画では少し事情が違う。タバコを吸う人も吸わない人も、いつの間にか観客はすべてニックの「しゃべり」に心を奪われてしまうのだ。そして彼がその素晴らしい論理のマジックと自信に満ちたパフォーマンスで政治家に一撃を加えるたびに「やった!」と声援を送ってしまう。

そしてしばらくしてからこう思うのだ。「あれ、自分はタバコの味方だったっけ?」─その瞬間こそ、タバコ問題の影に隠れていたこの映画の真のテーマが姿を現すときだ。


監督・脚本のジェイソン・ライトマン監督はインタビューでこう明言している。
“This is not a movie about cigarettes. This is a movie about‘spin'”(これはタバコを描いた映画ではない。spinを描いた映画だ)

spinとは「情報操作」を意味する。何をしゃべって、何を隠しておくのか、論点をどこに持っていくのか、それらを巧妙に操作して、世論を自分の立場に有利な方向へ持っていく真理操作の技術である。

映画の冒頭、ワイドショーの討論で、ニックにむき出しの憎悪の視線を向けていた観客が、次のコマーシャルが入るまでにはまるで煙に巻かれたように彼の話にうなずき納得している…このテクニックこそがspinである。


中略

そして、現在、その技術を最も巧みに使っているのは政治家たちだ。彼らにとってspinはもはや政治家個人のしゃべりの上手下手の問題ではない。spindoctorと呼ばれる専門家のチームをつけて、組織的に大衆の心理を自分たちに有利な方向に操作しようと画策している。

そんな政治家たちが軍事や経済について語るとき、聞き手である国民は何を信じたらよいのだろうか。そこに、タバコよりももっと人を不安にさせるものの存在がある。

主人公ニックの成功と失敗のドラマから見えてくるものは、人が自分の意思で選択すること、そしてその選択の自由を保障する社会の重要性ではないだろうか。

柴田 純子





この映画の英語について



この映画には、ロビイスト、議員、新聞記者、教師、客室乗務員など、人前で話すことや人とコミュニケーションをとることを職業とするキャラクターが多く登場する

彼らの話す英語は、仕事の上で効果的に英語を話すための優れた教材となるだろう。

中略

バックリーは本作の原作小説Thank You for Smoking 以外にもいくつか政治風刺小説を書いているライターだが、なんとジョージ・H・W・ブッシュ氏の副大統領時代に、彼のスピーチ原稿の主任ライターを務めていたという経歴の持ち主である。

さらに、クリストファーの父親のウィリアム・バックリーは、全米に名を知られた思想家で、アメリカ保守主義運動を主導した大物である。論文よりもむしろ大衆へのアピールを重視した人で、政治討論番組の司会者としても有名だ。

中略

つまり、この映画のセリフは、物心ついたときから一流の政治家たちのディベートを耳にし、エリート教育を受け、自ら副大統領のスピーチライターとして「本物の政治家のスピーチ」を書いていた人物の創作である。

また映画に倣って皮肉な言い方をすれば「アメリカにおける最高水準の情報操作テクニック」を持つ人物によって創作されたセリフだといえよう。

中略

自信に満ちた話し方や、セリフの間の絶妙な間、強弱など、スピーチの技術においても、学べる点の多い映画である。

柴田 純子