台湾にご一緒した四人での会話の中、人の目を気にするのは、自分が人をジャッジしているからという事実や、認めたくないが、人や周りのせいにする自分が居ることに気がついた。
清水さんの話で、内観は大事と感じつつ、集中できるか不安だったが、瞑想中、いつも抱えていた不安や心配と別次元に居た。
その心地よい感覚は、施術で時間を忘れ、指先から伝わってくるものに集中している時と近い感覚。
しかし、まぐれ的に起きることだったので、それが良いことなのか、何故そういう感覚になったのかは分かっておらず、その時の自分が安心していることすら理解していなかった。
今回言葉にして初めて、相手の反応を尊重し、心静かに待てる時の施術と感じた。
遠いようで意外と近くに感じていた感覚。
しかし、ここ最近の施術を振り返ってみると、痛みや不調の症状を取ることに躍起になって、全くもって今に居らず、安心感を得る為、新しい技術を学ぶことに必死になっていた。
新たなものを学ぶことで、束の間の安心感を得たりもしたが、また不安に襲われるということの繰り返し。
結果に一喜一憂していたけれど、心も含めた状況が整わなければ痛みは取れていかないし、自分が治したいという自意識過剰な心も見えてきた。
では自分は施術で何をしたいのだろう?
自分のことで考えてみると、20年前、極度の緊張や不安が酷い全身アトピーとして表れ、日常生活もままならない程、追い詰められた状況だった。
死を意識し、自分と向き合わざるを得なくなり、思考する中、自分のことを周りや状況のせいにして逃げていたことに気がついた。
《自分は、自分の人生を生きていなかった!!!》
今思えば、後悔と怒りに満ちたあの気づきこそ自分を救ったのだった。
まずは、自分のことを他人に委ねている事実に気づくこと。
結果だけの一足飛びの手助けで、また困るような方法ではなく、自分で乗り越えたという自信や安心に繋がる着実な一歩を積み重ねるプロセスを大切にしたい。
「愛情とは面倒臭いことをどれだけ地道にできるか」とシャスタに誘ってくれた清水さん。
一番大切にしたいことは、相手の内側から湧き上がってくる気づきや答え。
内側からの生きるエネルギーを信じて待てる自分で居たい。
これまで、認められたい一心や、自分が頑張れば丸く納まるとして、自分でも分からない程、心を置き去りにしてきた。
自分で自分を傷つけ、おとしめることで考えることをやめ、事実から逃げていた。
正直、このことに気づくまで、「地道な事を日々積み重ねること」と、何年も何年も清水さんに言って貰いながら、不安から逃れる為の投資や施術の方法など、一発逆転の大当たりを夢見ていた。
しかし残念ながら、奇跡や魔法は無かった。
考えてみれば、着実なことを積み重ねた先にしか結果は得られないし、例え儲かったとしても、安心ではないとも思えた。
自信や安心に繋がる、着実な一歩こそ幸せ。
《自分の幸せを状況に委ねない》
自分で出したそんな簡単な答えを、15年も経って思い出すなんて。
食べることまで案件の様になっていたが、自分の幸せに繋がる大事なこと。
自分にとっても、食べ物にとっても本当に申し訳ないことをしてきた。
早いからと無理にゆっくり食べることでは無く、味わって食べることがこんなに幸せだったとは…
人にとっては、当たり前かも知れないけど、そんな簡単なことからもう一度始めてみようと思う。
今なら分かる。
清水さんが言うように、やはり、テレビや雑音の少ない冬のシャスタだったのだと。
まだまだ細くはあるが、点でしか無かった過去・現在が一本の糸で繋がり、今、自分軸を感じていることに心から感謝している。