万物一つとして同じものはありません。
同じように見えたり、同じように分類されたりしてますが個々は異なるもの。
海も、木も草も花も、空も雲も毎日同じようですがちょっとずつ違う。
自分だって変わらないと思っていても歳は取るし考え方も身体の動かし方も変わってくる。
Oh!坊さんの説法のようですね(笑)
でも、それは頭で理解できても社会生活ではなかなか認識できない事。
この小さな変化を気付ける方はきっと生きていく上で変わらない「軸」を持ち続けていられる方。
こいつがなかなか持てそうで持てないんですよね。(笑)
自分自身が他人と違っていても良いんだという認識。
自分は違うといっても他の人の違いも当然受け入れられないとダメ。
排他的に違うんだからしかたないじゃん!バリに発言したりするのは意味が異なります。
タイトルに書いたように人は優劣をつけたがります。
これは人も動物だから。
自分のポジションを明らかにしないと心理的に落ち着かないから。
でもね、人だからポジションを環境で変化させられるんですよね。
だから先ずは自分が人と何が違って、何が得意で何が苦手で、そして誰から何を欲しているのかを、ちゃんと認識する事が望ましいのではないかと思います。
欲しているなら「頂戴」とか「お願い」するしかないんですけどね。
当然相手から「イヤ」と拒否されちゃうこともある。
それも仕方ない(笑)。ゴリオシしちゃダメ。
怒ってもダメ。
なぜなら自分のエゴを相手に要求しているんですから。
それが分からない人が多いんですよね。
エゴ全開で、自分はまったく悪くないと思っている人。
相手がしてくれないのが悪い。
他責の塊みたいですよね。
そういう人は自分が他責の塊だって事が分かりません。
心理的に未成熟な事も分かっていない。
分かっていてジレンマを感じているなら成長の余地はありますけど、そうでない場合は病的なのかもしれない。
そんな大人いっぱいいます。
だから「相違」が分からない。
違う事が自然って事が受け入れられないんでしょうね。
「和を以て貴しとなす」
って言葉がありますが、真意は
「私欲(私心)やこだわりを捨てた上で、調和の為に公正な議論を相互に言い分を理解しあいながら行う事が大事」と言っているのかなと思います。
体裁だけを取り繕おうとせず、自分にも他人にも正直に、良い意見も不満も相互に理解し合う精神が「和の精神」
日本人ですが出来る人が少ないですよね。
私はどうだろ?見た目が東南アジア圏っぽいからちょっとだけ和の精神があるくらいで許してくれるかな?(笑)