自伝的映画の皮を被った至上のエンタメ作品!

https://www.firstshowing.net/2019/full-trailer-for-noah-baumbachs-outstanding-marriage-story-film/
上記HPより画像お借りしています。

 

○マリッジ・ストーリー/MARRIAGE STORY(2019)

Netflixオリジナル作品

監督 ノア・バームバック

☆☆☆☆

出/アジー・ロバートソン、アダム・ドライヴァー、スカーレット・ヨハンソン

 

『イカとクジラ』の核心的なネタバレも含まれています。

 

 というわけで、ノア・バームバック監督がついにさりげないセンスの良さを捨て去ってですね、ド直球エンターテインメント作品を作ってきたぜ!(だから上映時間は監督作品中突出して長い)。

 まず、カップルの破綻を描きますが「明確に男側が主人公」である。比べると可哀想ですが、わざわざ2本の映画に分けてまで視点の違いを出そうとした(そして出なかった)『ラブストーリーズ』を筆頭に、とにかく男女を平等に可能な限りバランス良く描く映画が増えてきている気がします。一番の理由としては、「その方がセンス良く見えるから」だと思います。

「えっ、男女同権だからでしょ?」という向きもあるかと思いますが、だったら「女性側から描いた映画」でいいわけで。何故なら男側を描いた映画は腐る程すでに製作されてきたからです。証拠に、ちょっと女性がメインどころになると「女性映画」なる言葉が冠せられてしまう。

 いつかは。女性監督特有の繊細な感性とかいう言葉が古語になったら、誰しもが自分の性なんか気にしないでバンバン撮りたい映画を撮れば良い。女性監督、というのが「宣伝上の売り」にならない日が来たら(その意味でウォシャウスキー姉妹には凄く期待しているんですが……新作がマトリックスの続編かよ!?)

 でもまあ、その日が来るまで「男女同権シネマ」は作られるでしょう。男側の都合で。

 さて、話がずれてしまいましたが「イングマール・ベルイマン良いよね」の人であるノア・バームッバック監督が、もろに『ある結婚の風景』をやってみました! というそれだけ聞くと微笑ましい企画なんですけれど、実情はバームバック監督が間に息子をもうけたジェニファー・ジェイソン・リーとの離婚劇で受けたダメージを元に描いたそうです(ベルイマンは言い訳)。なので男側視点なんですね。

 そしてこの映画の特徴としては、離婚話しが進行している状態から物語が始まる点です。最初っから男視点でスタート。

 で、これで監督が何をしたいのかと言うと、「主人公」を決定しておきたいわけですよ。よく群像劇に対する批判として「誰に感情移入していいか判らない」というものがあります。なので、バームバック監督はこの映画が持つルックを決めた。夫側から描いた物語であると。

 それによって感情移入する対象で混乱させない。ただしこれは夫側の肩を持つとかいう構成ではなくて、映画が進行していくうちに家族皆を好きになります。そして好きになるから、辛い。この観客が抱く辛さこそが、離婚につきものの感情であるというね。

 それと映画が明確なクライマックスを持っているのも、エンターテインメント性を高めていますね。夫婦が延々怒鳴り合う場面がしばらく続きますが、はっきりと演技的な見所ですよ! というのがポイントになっています。

 逆にバームバック監督らしい場面で言うと、チャーリーが調査員の前でうっかり自分の腕を深く切ってしまう場面なんかがありますね。調査員の人の凄く達者な演技もあって、この場面全体がなんというか、シュール劇? 非常に切迫したリアリズムを持った場面設定(父親としてどうかというのを知らない人に採点される)に、ヒリヒリする緊張感を伴うんですが、むしろチャーリーが所属しているような前衛的劇団の演目の様に見えてきます。

 それでまあ、本作で監督が描きたかった事は多岐に渡っていると思いますが、制度としての離婚もそうですよね。

 ローラ・ダーン演ずる弁護士がニコールを誘導する手管。あなたは一方的な被害者、あなたは夫を憎んでいる、全てあなた1人の功績……。

1年間セックスレスであれ)チャーリーが不倫していた事が最大のきっかけであった筈なので、確かにローラ・ダーンがいたから離婚まで行き着いたという訳ではない。訳ではないのですが、ダメージを拡げたのは彼女を筆頭とする弁護士たちですよね。

 やり手っていうのは相手を傷つける事に躊躇無い人の事で、いささか不器用でも家族が受けるダメージを最小のものにしようとした弁護士は除外されてしまう。人と人とのやり取りではなく、法的にどうかだけを争う世界。

 ローラ・ダーンとレイ・リオッタがやり合う場面の嫌な感じ。裁判官の言う「あんたらは凄い弁護士なんでしょうけれども、本法廷の時間を食いすぎ」という言葉からも判るように、人の話なんか聞いてない。攻撃材料か否か、という線引きをされる思い出。

 この法廷の場面でニコールも、チャーリーも、己に対する恥ずかしさで満杯になりまともに顔も上げていられない。そしてこの法廷での出来事を、ついに2人が再現してしまうのが本作のハイライトである延々と怒鳴り合う場面です。

 一緒に時間をかけて築いてきた思い出や、お互いが相手を深く知って理解している事などが全て攻撃材料になる時。自分を1番傷つける事が出来る人は、自分を1番愛している人なんだとわかる。

 そしてチャーリーはもうひとつ理解する。ニコールの家族との過度な馴れ合いがいかに彼女を傷つけていたか。親の問題に苦しんできた自分が、妻が親の問題に苦しんでいる事にすら頭が回らなかった。

 チャーリーが何を食べるか中々決められないので、ニコールが彼の好みの食べ物を代わって注文するという場面があります。彼女が彼の事を良くわかっている、という場面ですがもうひとつ。彼は自分の事が判っていない、という場面でもありますね。

 離婚は決定的な別れであるし、裁判は憎しみ合う理由を2人に与えた。無い方が良かった事かも。でも、離婚を通じて得たのは――いかにお互いが愛し合っていたかという「新しい」事実。

 愛だけじゃない、家族であったという過去は、それでも、これからも、家族なんだという力強い事実。

 だからこそ本作は、愛よりも、より家族についての映画になっているのだと思います。

 

 そんなわけで、息子のヘンリーについてですけれど。

 彼の態度の数々については、本作を観て推測するよりもバームバック監督作の『イカとクジラ』を観ると一発で理解できると思います。

 あちらでも「インテリ過ぎて上手くいってない(という言い訳をする)作家の父親」と「最近人気が出てきた新進気鋭の作家である母親」の離婚劇に巻き込まれる子供たちを中心に描いていました。アーティスト通しが結婚している間に立場が変わってしまいフラストレーションを抱える事になる……というのを描いているのも『マリッジ・ストーリー』と一緒ですね(というか『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』もそうだったな……バームバック監督が心配になるぜ)。

そして『イカとクジラ』では、父親を尊敬する長男、母親が好きな次男という子供たちの描き方に最大の特徴があります。

それは終盤逆転する。長男が何故父親の事が大好きで尊敬しているのか? そうしないと両親の夫婦仲が上手く回らないからだと。自分だってママっ子だったんだと。

『マリッジ・ストーリー』は離婚から得られた建設的な描写もありますが、『イカとクジラ』はひたすらに離婚地獄でした。

 これって、『イカとクジラ』はバームバック監督の両親を元にしていて、『マリッジ・ストーリー』はバームバック自身と元妻のジェニファー・ジェイソン・リーを元にしているからなのかしら?

 この、問題ある両親に対して物凄い比重が置かれている感じがバームバックテイストですかね。

 

 ランディ・ニューマンの音楽が、「既存の曲がごとく知っているような雰囲気満点の書き下ろし新作劇伴」であるというのも凄く上手くて。知っているようで知らない、というね。

 それと夫婦がお互い別の時間、別の場所で喉を披露する場面が用意されています。妻は明るく「あの男はクレイジー♪」、夫はしっとりと「孤独は孤独でしかない……♪」。この2つの場面の違いだけをもって「勝者、ニコール!」とは出来ませんが、現在の立ち位置を絶妙に表していますね。

 そして旦那の方の歌を聞いていると……女房への恨み辛み的にも聞こえますが、それ以上に「人生の邪魔をされる。寝るのも邪魔をされる。好きな椅子にも座れない。僕は地獄に突き落とされる」という言葉の数々が、「でもそういう事が幸せなんだよ」と訴えているようで。「やりたい様にやれない人生が、寝たい時に寝られない事が、相手に気を遣って座る場所を決める事が、物凄い頭にくる事をされる事こそが」孤独ではない証だと。

 

 どんなに固い結び目も、知らないうちに解けている。

 もう一度結べば良い。

 自分で結んでも良い。

 結んでもらっても良い。

 大事なのは歩ける事。

 今とは別の場所へ、行ける事。

 

 映画のラストは、家族3人がそれぞれの成長をみせています。

 ニコールは母親との関係を修復したし新しい人生も始めた、ヘンリーはだいぶ文字を読めるようになってきた(大事に取っておいた、ママがパパを好きな理由が書かれた紙だって読めるようになったよ)、そしてチャーリーは……元妻に背中を押して貰うのを受け入れられるようになった。

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 これは家を出るときのやり取りですね。最後に靴紐を結んでポンッと行ってらっしゃい。ありがとうっと行ってきます。

 

 

 

 

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