不可能を超えろ。

 

 名前って何? パディントンという名前をクマに付けても、その臭いは変わらない。

 ――ウィリアム・シェイクスピア<ロミオとジュリエット>より誤用。

 

○パディントン/MISSION: IMPOSSIBLE - PADDINGTON

監督 ポール・キング

☆☆☆☆

出/ベン・ウィショー、ヒュー・ボネヴィル、サリー・ホーキンス

 

 時間は逆向きには進まない。ギャスパー・ノエも『アレックス』の原題で不可逆みたいな意味を使用していましたね。

 マット・ルーカスがタクシー運転手役でこの『パディントン』に出演していますが……彼は後年『ポーラー 狙われた暗殺者』において本作の役どころを観ていると「え、色々な映画をパロっていた『パディントン』だが未来の映画までパロディしてたの!?」と思えます。そんなこと思うのはヤバい証拠です。

 

 凄く印象に残っているのが、バッキンガム宮殿の衛兵がパディントンを助けてくれる場面です。よく映画でも、何をしても微動だにしないというのをおちょくる場面が出てくる衛兵さんたちですが……基本ルールを壊す事なく、視線だけで「雨だから屋根のあるここにおいで」と伝えてくれたり、パディントンと同じように帽子の中にしまっているおやつを「明確にルールを破って(動いた上に脱帽して)」わけてくれたりですね……愛想とかではない親切心って言えばいいでしょうか、本当に素晴らしくて。このあとで別の衛兵さんがパディントンを追い出しちゃうのも上手なところで、人によって行動が違うのは当たり前という事のあらわれですね。

 この場面を筆頭に、映画全体がこの間観た『500ページの夢の束』を思い出させます。

 

 ミリセントは悪役ですし、初登場の場面なんかではドアがひとりでにギィーっと開いたり完全にホラー演出。……でも、この映画においては観客が完全に彼女を「許せない!」とならないように細心の注意が払われています。何故なら、いまの彼女を作り出した「不寛容」こそが本作の本当の悪役だからです(ちなみにミリセントは映画オリジナルの登場人物)。

 ではどうやって注意しているかというと、はく製コレクションに血道をあげる彼女ですが、はく製を作る場面は直接的に映されません。最後にお猿さんに肥やしをぶっかけられるのも、「彼女がその命を奪おうとしていた、けど生きている動物」を映す事で、今まではく製にしてきた数々の動物たちの命よりも、今後はく製にされない動物たちへと意識を向けさせてくれます。

 そして過去に囚われた女性という、ともすると現代的ではないと揶揄されてしまいそうな人物を描くにあたっての最大のアイディアが、キャスティング。ニコール・キッドマンがミリセントを演じていますが、彼女が演じる事によってミリセントが過去に囚われたキャラクターであればある程「現代的な強い人物像」が浮き彫りになってくるという仕掛けです。

 説明しますが、ミッション:インポッシブルシリーズのパロディがたびたび出てくる映画です。そしてミリセント自体も、ブラウン家への侵入に際してミッション:インポッシブルシリーズのパロディを演じていますね。しかも最も有名なイメージである、宙づりを再現する形でです(見た目は『アトミック・ブロンド』ですが――)。

 言葉を換えると、ニコール・キッドマンがトム・クルーズ役を演じている、という事になります。2人は元夫婦であり、どちらも有名な俳優です。しかし元旦那がメガヒットシリーズを抱えるドル箱のハリウッドトップスター(ちょっと過去形)であるのに対し、オーストラリアからやって来た「女優」であるニコール・キッドマンは当初クルーズの添え物的に扱われてましたね。

 もちろん実力はあるので離婚後も役者として十二分な活躍をされてますが、どこかクルーズと結婚していたというイメージを引きずってきた。「だから何?」という。トム・クルーズのパロディを演じてみせる事で、過去に囚われていない現在のニコール・キッドマンという印象が強く残ります。

 個人的にミッション:インポッシブルシリーズ(『フォールアウト』除く)が大好きな事もあり、なんというか……感動しましたねえ。

 パディントンが掃除機を使って煙突の中を登っていく場面も大爆笑しました。『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』への細かすぎるオマージュが胸を打ちます。ちゃんと片方の掃除機が使えなくなって下に落ちてから、もう一方も使えなくなるという。パロディ的笑いにも満ちていますが(ちゃんと青と赤のバッテリー残量ランプが付いてる! ブルーイズグルー(青はくっつく)、レッドイズデッド(赤は死ぬ)。ついでに言うと1作目のグリーンライト! レッドライト! のオマージュにもなっていますね)、ロンドンに来てから知った物で窮地を切り抜けているという事実も感動的で。故郷や自然は確かに良いもんですが、遠く離れた街の文明だって良いもんだと。っていうか『スパイ大作戦』はアメリカのTVシリーズだしね!

 そして、亡きパストゥーゾ叔父さんの遺したパンにより絶体絶命のピンチを逃れる――のかと思いきやですね、あと一歩でミリセントは踏みとどまる。何故なら、亡くなった人に縛られている人に対して、亡くなった人が遺した物で対抗したからですね。

 そしてそうやってハトたちの助けを得て時間を稼いだ直後、バードさんがキメます。鳥つながりですねー。そして『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』の監督もまた、ブラッド・バード(Brad Bird)という名前なんですよ。恐ろしい程の符合。っていうかトム・クルーズはミッション:インポッシブルの最新作はポール・キング監督に頼んだら良かったんじゃないか?

 冗談はさておき、鳩と言いますと「ロンドンでは鳩をかき分けながら移動しないといけない」みたいな記事が存在する程に「数が多くて迷惑な存在」であるわけです。

 そしてミリセントという過去に生きる亡霊とパディントンという移民にまとわりつく事から、戦禍の表現なのかなあ。うーん、むしろ移民の人たちそのものっていう表現かもしれないですね……(食べ物を求める、迷惑がられる、などなど)。

 移民の問題ですと、やはり各国メディアで大きく扱われる事は少ないんですかね。あまり僕もイメージができないので、チャップリンが監督した短篇作品『チャップリンの移民』や最近だとマイケル・ウィンターボトム監督の『イン・ディス・ワールド』など映画の画面を通して連想しました。

 

 それとCGの超絶クオリティには言及しておきたいです。実在感? って言うんでしょうか、パディントンがそこに居る感じが半端なさすぎて、鑑賞中にはCGの出来が凄いとかまったく意識しないんですよね。

これには美術も凄く関わってきてて、ティム・バートンがもうちょっと実用的なデザインを求めたらこうなったみたいな感じなんですが(笑)。とにかく現実そのままではない面白い背景の数々で、なんと言いましょうか、地球丸ごと作り物の世界で出来ているみたいな。だからその中にCGで出来た生物が居ても違和感を抱けない。

加えて、冒頭にクマばかりの時間がたっぷり用意されているのも勝因かな。ここで見慣れさせちゃうという。

関係ないですけれど、冒頭からしばらくのモノクロ映像部分とか(しかも冒険家出てくる)、万引き犯追跡の際にパディントンが空飛んじゃうあたりが『カールじいさんの空飛ぶ家』を思い出させます。

 

 さて。マイケル・ボンド原作という点は、Blu-ray版特典映像にて製作陣がしっかりと解説してくれます。

 ベン・ウィショーも熱く語っていましたが、パディントン誕生の背景には戦争があり、英国として移民を受け入れるかいなかの問題があったと。受け入れるとしてもどう接するのか。戦争してても3時の紅茶を欠かさなかった、みたいな逸話も有する英国ならそんなん楽勝でしょ?

 ……などという甘い夢は、駅のホームで瞬く間に潰えてしまう。人が移動する為の場所であると同時に、誰かを迎えに行く為の場所だのに。

 通り過ぎていく足、足、足……。

 ところでハイヒールって、接地面積が少ないからクルッと向きを変えるのにはもってこいですね(バランス取るのは大変でしょうが)。

 そしてもちろん、その靴の色は……赤い。

 おうちがいちばん、おうちがいちばん、おうちがいちばん。

 しかし、そのブラウン一家が住まうウィンザー・ガーデン(Windsor Gardens)ですが、ネット地図でロンドン市内を探した物の見つけられず。

パディントンに関する土屋(2019)の論文に依れば、これは架空の地名という事です(ウィンザー家を連想させる事から、そのまんまの意味で王家の庭=イギリスそのものとも取れる)。

 それと同論文からですが、映画内でカリプソを奏でるバンドがいますが、これはロード・キッチナー(Lord Kitchner)作曲の<London is the place for me>という曲を弾いているとのこと。ロンドンに期待する移民の歌になっているそうです。

 

 

参照文献

 

土屋結城「「べとべと」のこぐま――移民表象としてのパディントン」実践女子大学文学部紀要、第61

※以下のURLで公開されている

https://jissen.repo.nii.ac.jp/index.php?active_action=repository_view_main_item_detail&page_id=13&block_id=30&item_id=2065&item_no=1

 

 

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