「目白文化村遊歩」3:延寿東流庭園と石橋湛山邸! | 今日は何をレポートしようかな?

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 住宅街を進むと塀に囲まれた庭園があります。

延寿東流庭園とあります。

中に入りましょう。

延寿東流庭園

新宿区立延寿東流庭園は、区民の方から土地と

整備費用のご寄附をいただいて、新宿区が整備

を行った庭園です。

 寄贈者の「目白文化村の面影を残した和風庭園

としたい」との意向を受け、滝や流れのある庭園

として整備しました。

 園内には、元からあった松や梅などを移植した

ほか、ツツジ類、モミジなど四季折々の風情を感

じさせる植物を植えています。

〔参考:「新宿区 HP」より〕

 

 

 

 

 

 

 庭園内は緑豊かで、小さな池も滝もあります。

さらに調べてみました。

延寿東流庭園について

「延寿東流庭園」(えんじゅとおるていえん)は

新宿区立の日本庭園。

東京大学の名誉教授をつとめた島峰徹郎により

寄贈された地に、その父・東京医科歯科大学の

創立者であり日本の近代歯科学の発展に貢献

した島峰徹の遺業を称えるために作庭・2006年

(平成18年)3月に開園しました。

この場所はかつて“目白文化村”と呼ばれた一

帯で、付近には個人的に東京の穴場スポットだ

と思った文筆家の邸宅『林芙美子記念館』もあ

ります。

あと公園すぐそばには『石橋湛山記念館』とい

う戦後の総理大臣の記念館もあるのですが、

こちらは一般公開はしていない様子?

越後・長岡藩医を代々務めた家に生まれた

島峰徹。

東京帝国大学医学部卒業後、ドイツ留学を経

て東京医科歯科大学の前身となる東京高等

歯科医学校を創立、初代学校長および附属

医院の院長に就任。近代歯科医学への貢献

から、国内のみならずドイツでも勲章を授与。

庭園の名前にもある“東流”というのは書家

でもあった島峰の雅号よりとられたもの。

広い庭園ではありませんが、“目白文化村の

面影を残した和風庭園としたい”という意を受

けた、元からあったマツなどの樹木を活かし

敷石や飛び石、築山から滝が落ちて流れを通

じて池泉へと至る池泉回遊式庭園となってい

ます。

〔参考:「庭園情報メディア おにわさん」より〕

庭園を出ました。

 

 

 

 

 

 通りを進むと石橋湛山邸があります。

10年前も見たお宅です。

石橋湛山

実父は身延山久遠寺八十一世法主の杉田日布。

石橋は母方の姓。

明治40(1907)年早稲田大学文学部哲学科を

卒業。

44年東洋経済新報社に入社、のち主幹、社長。

帝国主義的潮流下で自由主義的論説を主張し、

「小日本主義」を唱えた。

第1次吉田内閣で蔵相に就任。

昭和22(1947)年衆議院議員に当選したが、公

職追放となり辞任。

追放解除後、衆議院議員となり、第1~3次鳩山

内閣の通産相を経て、31年12月、自民党初の

総裁公選で総裁となり、首相に就任したが、病気

療養のため翌32年2月辞任。

晩年は日中・日ソ交流に尽力した。

〔参考:サイト「近代日本人の肖像」より〕

一貫して軍国主義に異を唱えた首相ですね。

瀟洒な石橋邸を過ぎると、豪華過ぎるお屋敷!

遊歩参加者のお一人に依れば印刷会社の会長

さんのお屋敷とか?