いよいよ乗船しました。
もちろん一番上のデッキへ直行。
出航、左側には記念艦・三笠の姿が見えます。
横須賀市街が次第に遠ざかっていきました。
でも・・・たった10分で到着するのです。
バーベキューができる砂浜が見えてきました。
切り立った崖も見えます。
上陸して先ず帰りの船の時間をチェック。
続いて島内のMAPをチェック。
二度目とはいえ、かなり忘れていましたので。
判り辛い写真なので、MAPをお借りして貼り
ます。
猿島についての説明板がありました。
東京湾要塞跡(猿島砲台跡)
国史跡(指定年月日:平成27年(2015年)
3月10日)
日本の要塞は明治13年(1880年)に東京湾
要塞が起工し、昭和16年(1941年)9月に
一部施設の竣工をみた宗谷要塞まで22カ
所の要塞と日中戦争次いで太平洋戦争の
開戦後に建設された北千島要塞など5カ所
の臨時要塞がある。
東京湾要塞は明治10年代から建設が始
まった唯一の要塞である。
東京湾要塞に包括される砲台は、明治年間
に建設された東京湾内湾の湾口部に位置
する砲台群と、大正~昭和年間に建設され
た東京湾外湾と相模湾に面した砲台群に
大別される。
猿島砲台は、陸軍が建設した東京湾要塞に
属する沿岸砲台で、明治14年(1881年)11月
5日に起工し、明治17年(1884年)6月30日
に竣工した。
日本近代築城史の上で最も初期に建設され
た砲台のひとつである。
第一砲台が27cm加農砲2砲座2門、第二
砲台が24cm加農砲4砲座4門などが備砲
された。
猿島砲台は、東京湾内湾への敵艦船の侵入
阻止、併せて横須賀鎮守府、横須賀海軍工廠
の存在する横須賀・長浦両軍港の防御を任務
とした。
弾薬庫等の煉瓦建造物に採用された組積法
はフランス積(フランドル積)で全国的に見ても
希少である。
また、建造物の規模の大きさとしては国内で
類を見ない。
また、砲台主体部竣工後に増設された観測所、
電灯所などの煉瓦組積法はオランダ積が採用
され、一つの遺跡で異なる煉瓦組積法を観察
することができる。
使用された煉瓦は、前者は維新直後に困窮
する士族授産のために設立された東洋組、
後者は囚人労働として焼成された小菅集治監
の製品が採用されるなど、各時期の時代背景
を反映している。
〔参考:「横須賀市 HP」より〕
猿島に上陸し、島内を巡る様子を収めた
動画をYouTube「七郎の街歩きチャンネル」に
アップしています。
どうぞご覧ください。
チャンネル登録、「いいね」ボタン、よろしく
お願いいたします。










