名づけるということ。 | 救魂録

救魂録

カルトや発達障害や自己啓発など潜り抜けてきたカトリック信徒のブログです。

息子の名前を紘一と命名。

 

岩下壮一

渡部昇一

斎藤一人

 

など、尊敬する方の名前に一が含まれているので、一をつけようと思った次第でありました。

 

では、何一にするか。

 

長い間考えました。

 

命名ノートにはぎっしりと候補が並びます。

 

聖書にちなんだ名前があればいいのですが、これというものが見つかりません。

 

「一」という言葉から浮かんできたのは、

 

ヨハネによる福音書において、

イエスは、十字架に付けられる前に切に祈ります。

 

「すべてを一つにしてください。神と自分が一つであるように。」

と。

 

 

ジョン・レノンはイマジンの中でこう歌います。

「もし、あなたが僕たちの仲間になって平和な世界を想像してくれたら、

きっと世界は一つになるだろう。」

と。

 

 

妻が、ある時、「紘一はどう?」というので、ものすごくしっくり来たのでそれが第一候補となりました。

 

私が思いついたのではありません。

妻は私と違って、特に「右翼的な」思想を強く持っているわけではないのですが。

 

 

「紘」という字は、弓を引くときに腕を大きく広げるさまであり、「綱」「絆」「全世界」をあらわします。

 

そして、日本書紀において、神武天皇は、

「八紘(あめのした)を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむ」といい、

それが日本の建国の原点となりました。

 

 

世界のすべての人が、一つの家の下に住む一つの家族なのだという、普遍主義。

それを大和言葉で表現したものが、

「あめのしたをおおひていえにせん」ということなのです。

 

イエスの「すべての人を一つにしてください」という祈りは、

日本の原点に通じる祈りでもあります。

 

 

 

私は、当然ですが、

子どもには日本人であることを大切に、そして、同様に平和をつくりだす人であってほしいと願っています。

 

I For Japan,Japan For Jesus

 

です。

 

私たちの民族のルーツ、そして命を紡いできたルーツをたどってゆくと、やはり神武天皇の祈りに行きつきます。

神武天皇は、常々「天におられるみおやの神」に祈り、聞き従いながら、東征を進めていきました。

実在したかどうかはさておき、根っこにはそうした想いがある。

 

 

私が心配したこととしては、この名前を使うことにおいて、

顔をしかめる人が出てこないかということでした。

 

 

もちろん、御周知のとおり、

戦時中において、「八紘一宇」はアジア諸国を、日本を中心とした進出のためのスローガンとして使われ、

戦後はGHQにおいて使用を禁止された言葉となったという過去があります。

 

我々の父祖たちがどのような思いで戦争に行ったのかはさておき、

やはり周辺諸国にルーツを持つ方々や、

また、国内においてもそのことを苦慮しておられる方々には、

八紘一宇という言葉に対して、いい思いは抱かないのではないか。

 

特に、私の所属するカトリック教会においては、そうした方々の割合は高い。

 

ちなみに、洗礼名はフランシスコで考えていますが、

ちょうど二年前の今の時期に教皇フランシスコが来日したこと、

アシジにおいて平和を祈り続けた聖人にあやかりです。

 

 

日本人であることを大切にすることと、

カトリック教徒であることは、無理なく両立できるのか・・・。

 

日々思い悩んでいることです。

 

御周知のとおり、私たちカトリック教徒は、歴史の中で、

筆舌に尽くしがたい、イエスの教えと正反対の宗教戦争、植民地における大虐殺を行ってきたわけです。

 

まさに、「うしはく」支配でした。

そこに、何一つ弁明はありません。

 

それゆえ、秀吉は植民地支配から日本を守るために、キリシタンたちに筆舌に尽くしがたい徹底的な弾圧を加えました。

 

それらのことに関して言えば、

教皇自身がそれを全世界に向けて謝罪しているわけですが、

いまだにそのことを根強く恨み、

いまでも、キリスト教徒たちは日本を滅ぼそうとしていると考えている日本人たちは多い。

 

日本では、靖国神社を破壊から守った神父がいたり、皇室に敬意を示す聖職者もいる

一方では、戦前戦争に与したの反省からか、百八十度転回し、

与党に反対し、「日本の右傾化」を嘆き、天皇制に反対する一群もおられるわけです。

 

平和を求めるのはいいのですが、やはり度を越した、

地に足のついていない過度な平和論や、国体を溶解させていくような我が国に対する言動には、

居場所のなさであるとか、苦しさを感じざるを得ません。

 

無論、それが逆の立場であり、仮に彼らが一気に右傾化すればそれはそれで自体は同じことですが。

実に難しい問題ですが、どちらの主張にも、生命やアイデンティティを賭けた譲れない呻きや叫びがあるわけです。

 

反対意見を「敵」「うちとはちがうあちら側」とみなすことが出来たら楽なのですが、

理想論ではあれど、「人類みな一つの家族」で、同じ方向である神の国を目指していることは共有できることなのです。

 

戦争世代が、みんな同じ考えを持っているかというと、もちろんそうでもなく、右左考えは分かれますし、

さらにさかのぼって、近代でも、古代でも、現代と同じように侃々諤々のバトルがあったわけで、

こうした対立は容易に収斂されえない普遍的な現象なのでしょう。

 

若い時分は、なんでそんなに争うんだろうと遠い目で見ていましたが、

今や私も、この社会の中で一定の点のうちに生きるようになり、譲ることのできない具体的なベクトルを持った主張や考えを持つようになりました。

 

同じ意見ではないし賛同もできないが、

呻きや彼らの人生に、耳を傾け、尊重するということは、

難しいことですが、とても重要なことです。

 

 

 

わたしとしては、やはり我が国のことを素直に好きでいさせてほしいですし、

それを分かち合う空間と仲間が欲しいということです。

 

かといって、それを無条件に称揚し、他国を貶めるつもりはありません。

 

 

日本書紀の神武天皇の章を読むにつけ、

やはり、神武天皇の東征の際に、六年間の長きにわたり多くの流血があったことは、しっかりと記されています。

 

古事記では、「うしはく」支配と、「しらす」統治があることを言っています。

 

なので初代天皇は、争わず、話し合いによって流血をせずに平和裡に大和の統一を果たしたのかと期待していましたが、

皇軍は敵を「殺した」「皆殺しにした」という記述は繰り返し出てきます。

 

仮に敵がいかに、邪悪であれ、大義名分があれど、戦争に次ぐ戦争があったわけです。

 

そうして、長い戦争のあとでの平和宣言が、八紘為宇というわけです。

 

 

 

「愛国」というのは実に難しい問題で、

坂本龍馬、吉田松陰、西郷隆盛、三島由紀夫も愛国者だったかというと、実はそうではないそうです。

 

「武士道」で知られる新渡戸稲造も、

自国に対して、問題点を把握する謙虚さを決して忘れませんでした。

 

 

右傾化も無制限になると、

差別を肯定し、弱者を排除し、「人権を捨てろ」などと強要してくる危険な人がぽつぽつ出始めてくる。

 

これは恐ろしいことです。

 

カルトでも国家でもなんでもそうですが、

謙虚さと反省を忘れ、

自分の内部にある問題点を全く把握せずひたすら自分の立場を賛美し始めると、全く盲目になって破滅の道に進んでいく。

 

聖書でも古事記日本書紀でも、

よくよく読んでみると、

「素晴らしいことや立派なことばっかり」書いてあるなんてことはなく、

むしろ、都合の悪いことや、「えええーーーー!?」と思うようなことばかりちゃんと後世に残るよう伝承として伝えられているわけです。

 

そんな、「This is 人間そのもの」みたいな記述が、二千年残ってる。

というよりも、そうでなければ残らなかったのかもしれません。

 

「八紘一宇」というのは、

単なる理想を歌ったものではなく、

長い間の流血と、また自らも「撃ちてしやまん」で戦ってきた後の、

切実な祈りであり、自戒でもあるのではないかとも思うのです。

 

でなかったら、力のみで平定した天皇家は別の勢力にやすやすと力で王朝を取られていたことでしょう。

 

私の家系のルーツは出雲系であり、

家内のルーツが三重県の熊野のほうになります。

 

もし、天皇家が戦争で相手の民族を根絶やしにして、相手の神々まで滅ぼしていたら、

私たちは存在していなかったはずです。

 

天皇家は、戦争で勝った民族の神々をちゃんと祀ることを許して、大きな神殿も建てた。

 

国譲りをした出雲なんかは、伊勢よりも大きい。

 

これも私のこじつけですが、

紘の一字には、少し斜めですが、「十字」がある。

 

 

八紘一宇が、

たんなる侵略や世界征服をきれいな言葉で正当化する言葉ではなく、

かといって、その根底にある本当の意味、祈りまで「使ってはいけない」ということにはなりません。

 

キリスト教も、

筆舌に尽くしがたい蹂躙と戦争の歴史がありますが、

一方で、十字軍の戦争の最中に平和を実現させたアシジのフランシスコのような聖人も現れました。

 

日本とキリスト教の「素晴らしい理念」だけを、取り入れることが出来たら何ともいいとは思うのですが、

私は、そこに至るまでの負の歴史も含めて、

十字架の血から栄光に至るまで祈りながら、

この「紘」の一字を愛し、息子に送ります。

 

私は日本を愛し、キリスト教も愛します。

人類の生命を救い続けてきた偉大な側面も、とうてい処理しがたく苦しい罪の部分も含め、です。

私のような立場は、日本人の中でもマイノリティであり、またキリスト者の中でもマイノリティであるかもしれません。

誰にこの精神を分かち合っていいか分かりません。

押しつけるつもりもない。

ある種の孤独ですが、

それでも、他人に流されずに、個人の良心のうちで一人やっていくしかない。

 

この、水と油のような、また深いところで一致するような、緊張関係のある両者が、弁証法的に止揚し、

手を取り合い、大いなる大道を歩むことが出来るか・・・。

 

一つになると言うことは、

ひとつの様式を押し付け、同じ考え方をするということではなく、

すべてを無個性化する事でもなく、

排他的なナショナリズムでもないし、

それぞれの固有の使命を持った存在が、それを完全なる自由の中で発揮しながら、独自性を最大限に展開していく中で、

その自由の根柢において一致を覚えるということです。

そこにおいて、互いに愛し合うこと。

 

それが八紘一宇です。

 

 

 

教皇フランシスコと、天皇陛下という二千年の長きにわたり続く祈りの機構のトップが、こうしてまみえられたことは、

私にとって深い喜びでありました。

 

紘一という名前には、そうした深い意味があるわけです。