才能とは異常値のことです。
いつの時代にも世間のスタンダード(基準)があり、そこからポジティブに外れている人は才能があると言われ、ネガティブに外れている人は問題児・落ちこぼれと言われます。
たとえば、学校に行くのが当たり前の世の中では、不登校の子どもは異常値になります。
1つの会社で勤め上げるのが当たり前の世の中では、転職、独立、フリーランスも異常値。
アップルが出したデザイン性の高いMacも、ダイソンの掃除機も異常値でしたし、蔦屋家電もH.I.S.の変なホテルも既存の家電屋さんやホテルと比べれば異常値です。
車がステータスだった時代の男性から見れば、車を欲しがらない今の若者は異常値です。
けれど何が当たり前で、何が異常かは時代によって変わります。
戦国時代には武将はヒーローですが、江戸時代になって世の中が平和になれば、世間の評価は「ただの荒くれ者」に変わります。
教師の存在価値は、その異常値を社会に役立つように、生徒とともに考えながら育てること。
ビジネスの価値は、その異常値を社会に役立つように商品化・サービス化することだと思います。
一人一人個性が違うことを考えれば、「他人と同じでなければならない」という同調圧力は、本来、不自然なもの。
寛容な社会とは、この異常値を受容する「懐の深い社会」のことだと思います。