― 彼に建設をお願いするんだろうか?

先週、初めて建設会社のトニーに会った。
2度の見積もり調査をパスして、入札した6社のうちから選ばれた彼の会社。
それでも「この会社に決めた!」という訳ではまだなく、さらに最後の見積もりの再調節の段階にある。

でも何故か、「彼がやるんだ」とどこかで思っている自分がいた。

彼は、地元育ち、今までも近隣の仕事を細々と引き受けている。
10代の頃から家具を創っていて、真の仕事人だと感じる。最近は、沼に沈んだ木を使って、(この話は興味深いのですが、次回にします。)太陽の昇る家を建てたそうだ。Webはこちら http://www.dusoleilparade.us/

彼の家に招かれ、デザイナーと夫と私と、大きな木の食卓用テーブルで、図面を前に、詰めの話をした。
会合の途中で、彼は、真っ直ぐに私の目をみて、「このプロジェクトを完成させることが私の仕事だ」と。
私は、目頭が熱くなって、つい「お願いしますね。」と言っていた。デザイナーは、それでも、Goサインは、出さず、再最終の見積もりを出してからだと念を押す。

きのうまで、全くの赤の他人だった人たちが、一瞬にして、もの作りのために、一緒に熱くなっていく。

デザイナーのマリオ、そしてトニー、そして夫のクレイグ。少しずつ集まっていくクルー達。
ゆっくりと、だけど確かに、1隻の船に乗り、静かに漕ぎ出している。
これが何かの理由で完成しないことがあっても、私はこれまで起こったこと、出会った人すべてに感謝する。
そんなことを思わせてくれた出会いだった。

漕ぎ出す日を待つ@たろうかじゃ



幼稚園の建設をきめてからだろうか?

物を含め、人との「出会い」が、ただの偶然じゃないんだろうなと強く感じるようになったのは。

土地との出会いもそうだった。そしてデザイナーMario 氏との出会いだ。


新しく決まった土地で、何人かのデザイナーに会い、私の夢を語り、願いを話した。

それぞれが、それぞれに私の夢を解釈してくれ、デザインをお願いするまでの方法を告げた。

その中の一人が、Fonda-BonardiのMario氏。夢を語りきった私に、園の保育方針は?
彼だけだった。保育の方針を訊ねてくれた人は。

そうして、しっかり、土地の入り口など測定して戻った彼。

静かな話し方、実施、実行型の彼に、Edllinkの建設チームの一員としてお願いしようと
決心するのに、時間はあまり要しなかった。


出会ってから、既に1年が経とうしている。あの頃を振り返るには、建設が始まっていない今、
当然早すぎるのではあるが、

彼に出会えて良かったの一言だらけなので、出だしだけでも、記しておきたい。


市との様々な許可も、彼の周到な計画のおかげで、何度も肝要に許可されてきた。

2月の初旬に行われた、始めての大きなミーティング、建設の許可を進める第一関門も。

夜、7時。それが、私たちの質疑応答に定められた時間だった。

緊張の私と、何かあれば助けの準備がある風の夫。それにMario。

『卒業以来のスーツだね。』と、夫と苦笑するMario。


ついに、質疑応答の時が来た。

グレーのスーツ姿のMario氏が、今まで聞いた事のないような大きな声で、細い体が、ひときわ、大きく大きく、
少なくとも私にはそう映っていて。


その姿は、

『無である。子どもたちのために、社会のために、素であること、あるがまま』

を思い起こさせ、私を再び、奮い起こさせていました。今もその姿は私のエネルギーになっています。


そして、「Vote」、決議をしますの声が、響き渡って。


何だか、途轍もないことが起きるような、それが、嬉しいとこなのか、ひどいことなのか、
それがどちらでも構わないというくらい、とにかく、ただ、途轍もないことなんだとだけ言うような。


その瞬間、緑のライトが部屋を明るくして、それが、全員一致の証。

何が起きたか判らないでいる私を部屋の外に連れ出し、

「おめでとう!」と手を差しのべた。

これから始まる道のりを、「共に、ほんとに共に、歩むことになるんだ」というメッセージで。



あれから、一年が経とうとしています。

今回のこの仕事は、何の文句もなくて、楽しいと、言い続けてくれ、
毎回、会うたびに、ちょっとした、でも暖かいアイデアを持って来てくれる。

イタリア系アメリカ人、保育で有名なイタリアの「Reggio Emilia」で、話の花を咲かせることもしばしば。

子どもを持つ同じ親であり、UCLAの専属校で教えている奥様。
保育がわかるデザイナーとの出会いは、偶然?だったのでしょうか?

幼稚園の玄関には、子ども専用の玄関。柱はその一つを曲げたりして、
子ども一人一人が違うんだ、それで、いいんだという保育の精神をこんな形でも表現できるねとか。



彼に出会えて良かったです。@たろうかじゃ
子供が好きで、ずっと続けてきた保育の仕事。
形態は様々ではありますが、長年、保育に携わってきました。 その中でも、家庭兼幼稚園は、保育の家庭の延長が良しと確信できた貴重な経験でありました。「何が足りなくても、家庭だから、子どもを育てる環境、人が住む環境が、常に備わっている」という、幼児教育の根底であることを、身をもって知ることができた貴重な体験でした。
新園舎にも、必ず、引き続かないといけないことだと思っています。

そして、今年、新園舎を建てる。

私の経歴から、いよいよか~とか、やっぱり、どうしても自分の幼稚園が欲しいんだな~とお考えになる方は多いだろう。

ところが、いたって本人は、そうした我力でなく、 「実に自然に流れに押されて」こうなったと感じています。
ただ、この大事業の決断にいたっては、 私に強く潜む使命感がそうさせたとは感じています。

この使命については、2つの建設の理由を見て頂ければお判りになるでしょうか?

1.幼稚園として建てられた、子どものための園舎が欲しい。
幼稚園として建てられた、整えられた環境を子どもたちに。 この辺りには、幼稚園として建てられた園舎が非常に少ないですから。子どもにも先生にも、保育環境が整っている学びの舎を残したいと思うのです。

2.いつでも戻ってこれる場所。
ロサンゼルという土地柄、家族の移動が多く、数年でロサンゼルスを離れる家族は少ないくない。駐在としてこられる方は特にですが、しかし、幼い子どもの育った場所、幼い子どもを育てた場所というのは、仲間を含めて、格別の思い入れがあると。保育者の楽しみの一つに、巣立ってゆく子どもの成長ぶりを見続けたいこともあって、いつでも戻ってこれる第二の家、そんな幼稚園を建てたい。

この幼稚園の建設にあたって、デザイナーにお願いしたことは、地域に愛され、人々が集まる緑の舎のイメージ。道行く人々、働く人々、幼子が、目を休め、からだを休めることができ、時には日差しをよけることができる、そんな場所である幼稚園を造りたいと伝えました。 鳥がさえずり、花が咲き、虫が宿る所でもありたいし。 そう考えていくと、幼稚園作りは、実は、大きな家庭つくりなのかもしれませんね。 先生たちも園舎内の、「温かい部屋」造りに余念がありません。 小さな心配りで、みんなが心地よく過ごせる場所造り。

それは、永遠に続く作業であり、私の使命だと感じています。

たろうかじゃ@幼稚園