他の方のブログ記事の言葉に共感。


引用の許可を頂いたので、以下青字で引用します。
「教育論は、あれダメこれダメじゃなくて
あれもあり、これもあり、でお願いしたい。選択肢の消去じゃなくて、提案の中から選び取りたいなぁ。」

この感覚、すごく共感しました。





あれもダメ、これもダメ、こうすべき、、、、、、、
色んな批判は聞き流そうとはしているものの、やはり窮屈に感じます。
本人が自分の意思を持って前向きに過ごしているやり方・考え方が、そんなにダメなことなのか。



我が家の場合、中学受験に向けた過程は傍目から見れば突っ込みどころ満載。

・小4、小5は目指せ偏差値UP(直近じゃなくて1年くらい後の)で邁進。
(突っ込みどころ:偏差値教育の弊害わかってる?などなど)

・小6になって志望校判定が出るようになったら、一転「偏差値なんて気にしない」と、E判定が出ようと、ブログメッセージで「無謀」とアドバイスを頂こうと、受験プランは固定。弱点補強もほとんどせず、マイペースに進む。
(突っ込みどころ:多分たくさん。)

・第一志望含めた進学候補の学校の対策は小6の11月初旬に中断。以降、通えない灘対策に邁進。
(突っ込みどころ:いやいや志望校合格が受験の目標でしょう?成績に余裕あるわけでもないのに何やってるの?などなどなどなどなど)


実世界でも、ネットの世界でも色んな批判の声も頂きつつ、進んできました。
(暖かいコメントも多く頂き、励まされることもたくさんありました。その節はありがとうございました!)


上の表現だけだと、たしかに変か。。。でも事実だし。言い訳も面倒だからこのままでいいや。



そんなダメ出しどころ満載だった我が家の中学受験。
それでも本人は自分の意思で前向きに頑張っていました。

終わったあとの息子の感想で印象に残っているのは、

「小学1年生の時のままで変わらなかったら、ボクは学校でイジメられてたかもしれない。勉強を頑張って、勉強ができるようになって、良かった。」

「合格に向けてベストの対策をしたとは思っていない。だけど、中学受験に向けた勉強を通して、考える力がついた。中学受験をして、それが一番良かった。」




私は多様性って大事だと思っています。
子供を苦しめるのはダメだと思ってはいますが、色んな考え方、色んなやり方があっていいのでは??


私は息子を「大人が良いと思う型」の中にはめたくはないし、息子が人と違っていてもいいと思っています。



「人に迷惑はかけない」とか、「人の話を聞く」とか、いくつかの型にははめようとしていますけど。