辺境は、早大正門から徒歩五分のアパートにあった | El Despacho Desordenado ~散らかった事務室より~

El Despacho Desordenado ~散らかった事務室より~

2015年1月4日から「Diario de Libros」より改名しました。
メインは本の紹介、あとその他諸々というごっちゃな内容です。
2016年4月13日にタイトル訂正。事務机じゃなくて「事務室」です(泣)。

今日は『ワセダ三畳青春記』を紹介します。あの『語学の天才まで1億光年』の著者が文庫に書き下ろしたあくまで“自伝的な小説”。しかし登場人物(著者の高野さん含む)の奇天烈な言動や騒動が、本作の現実性を引き上げております。

 

始まりは、早稲田大学探検部にご指名で舞い込んできたUFO基地探索の依頼。高野青年率いる一隊は結局UFO基地を見つけられなかったけど、しばらくしてアパート(三畳一間、月一万二千円)の空きがあるとの部員のつてで訪ねてみるとそこには探検依頼をした当人、ケンゾウさんが! 「宇宙人の呪い」(p.20)かのような奇縁で入居が決まり、高野青年はこの野々村荘で十年余りを過ごすことになるのですが……。

 

まず一言、住民も大家もどうかしている。司法試験浪人のケンゾウさんは他人の作っている料理を勝手に黒ゴマとかでアレンジしようとし、工場に勤める守銭奴はあらゆるものを惜しむ守銭奴。何より大家のおばちゃんが博愛精神の見本なんだか「野良猫が勝手に住み着いているのと人間が勝手に住み着いているのを見分ける努力を既に放棄していただけ」(p.62)なんだか、という天然ボケで済むのかというレベル。

書いてる高野さん自身も、おかしい。探検部の研究でチョウセンアサガオの実験台になったりしてます。『コインロッカー・ベイビーズ』、あれが流行った時期かぁ。まさか試す奴が出ようとは村上龍さんも思わなかったに違いない。こりゃ裏で取引されないはずだと納得の理由も書かれてますけど、皆さんは決してマネしないでくださいね!

こんな仰天なアパートがバブル絶頂から崩壊までの激動の日本にあったのをみると、辺境は案外近い所にあるのだなぁとある種の感慨に浸れます。

 

しかし後半になってくると、高野さんは周りが“大人”になっていくなか変わらぬ自分になにがしか負の感情を抱くようになっていきます。現代日本社会に適合できない、というかしたくないと思う自分はまだいる、しかし周りから取り残される焦りに似た感覚が少しずつ確実に彼に入り込んでいく描写が、なんとも残酷。そしてそれは、ある女性に出会うことで一気に加速していくのです。

 

社会の主流から離れた者たちの引き起こす笑いも、若者ゆえの青臭さも混じるほろ苦さも味わえる小説。まさに青春記です。

 

 

Muchísimas gracias por todo.

(お世話になりました)(p.282)

 

 

『ワセダ三畳青春記』

高野秀行

集英社文庫

高さ:15.2cm 幅:10.9cm(カバー参考)

厚さ:1.2cm

重さ:157g

ページ数:293

本文の文字の大きさ:3mm

 

 

追記:2024年2月23日に記事リンクの追加。