皆さん、こんにちは。

 

 

先日、以下のような記事が公開されました。

 

 

 

 

15歳なので、中3ぐらいでしょうか、日本の中3が学校で読む文章量がOECDで最低ランクとのこと。

 

 

今に始まった議論ではありません。ずっと前から読書しない子どもたちについては叫ばれています。

 

 

一方で社会人(大人)も本を読みません。子どものことばかりに焦点があげられていますが、大人も本を読まないということがデータで示されています。

 

 

もっと正確に言えば、学ばない社会人ばかりということのようです。データによって全体平均が15分とも6分とも言われていますが、いずれみにしても大半の人は学んでいない、本を読まないということみたいです。

 

 

ということで大人が学ばない、読まないのであれば、子どもたちもそうなるとは必然とも言えるわけです。

 

 

しかし、ここでちょっと違う確度で考えてみます。

 

 

学ぶという意味

 

 

本を読むことが学ぶというのは少々乱暴な定義で、別に本を読まくても学ぶことはできます。

 

 

日常の仕事(OJTという)や生活の場面場面(これもOJT)、動画を見ることや、人と会話することでも学びは得られます。

 

 

問題は、その中身。

 

 

仕事も生活も、動画も会話も、学びに繋がらないあり方もあります。

 

 

読書も同じでしょう。本を読めば学べるのかというと、そうとも言えません。

 

 

ただ漫然と読んでいたり、義務感で読んでいたりすれば、それは学びに繋がりません。

 

 

そういう意味で上記の記事のようなランキングを極めて扇動的で恣意的なものを感じてしまうわけです。

 

 

上記の記事では結論として、いかに子どもたちに本を読ませるかという流れになります。

 

 

そうすると、読みたくもない子に強制的に読ませることをしてしまい、本末転倒になることもあります。

 

 

大切なことは、何のための読書なのか。

 

 

学びのためであれば、読書以外の手段もありえるということをそれこそ大人たちが教えてあげる必要があります。

 

 

読書が先ではなく、学びの喜びが先だと考えています。

 

 

学びが面白くなれば、そのうち読書をするようにもなることでしょう。「もっと知りたい」が始まるので。

 

 

ということで、私の見解について今日はブログで書いてみました。