皆さん、こんにちは。
今日は、久しぶりに横浜の本牧の実家へ。
陸の孤島なので、電車がなくバスで行きます。
横浜市営バスに乗ったら、なんと、バスの前半分で高いところに席が1つあるところを除いて、両側に席がある全てが「優先席」になっていた。
ガラガラなのに、優先席と書いてあると座るのに躊躇しますね。以前はあんなにたくさんの優先席は無かった。
もしかしたら、今後、後ろの席まですべてが「優先席」とシールが貼られるかもしれません。
それにしてもバスは敬老バスと揶揄する人もいますが、実際高齢者比率が高いです。
70代と思われるご老人が、80代に席を譲るという光景を見たことがあります。
これが高齢化社会かと感じたものです。
今日感じたお話がこれぐらいにして、本日は忘れないうちに備忘録を書いておきます。
「比較しても、伸びる人と伸びない人の決定的な差」
比較は意味がなく、しないほうが良いと言われます。
私もMama Cafeで質問された際、そのように答えるときがありますが、でも、そうは言われても比較はしてしまうもの。
目に入ってくればどうしても比較はしてしまいます。
他者を見て、それを基準に自分の位置を意識的、無意識的に確認してしまうわけです。
ということは、「比較をしないこと」が大切なのではなく、
「比較をしてもそれを意味のある比較にしてしまう」ことの方が大切なのではないでしょうか。
例えば、自分よりスポーツが上手な友人を見たとします。
そのようなとき、伸びるタイプの人は、その人から「学び」ます。
どうすれば上達するのか、どのようなトレーニングをするのか、コツとは何かなど、質問攻めにして、そのいくつかを自分に取り入れます。
勉強でもそうです。
自分よりできる人がいたら、その人のどのようにして学んでいるかを聞いたり、行動を観察してそこから何を学び、自分に取り入れます。
また自分より劣っていると感じる人を見ても、学びます。
反面教師という学び方もありますし、劣っていると一見思える中にも学びのポイントを見つけたりします。
だから比較をすればするほど、どんどん成長します。
一方、伸びない人は、自分よりできる人を見て嫉妬したり、無視したり、機嫌が悪くなったり、不貞腐れたりします。
つまり、学びがないので、全く成長しません。
また、自分より劣っている人を見ると優越感を持つだけで、何も学びにつなげていきません。
当然、反面教師という言葉は存在しません。
こうして、同じ比較をするのでも、それを「学びと捉えるか否か」で天地の差がついていきます。
どうしても比較してしまう人は、このように自分の視点を「学び視点から捉えてみる」ことをお勧めします。
以上、備忘録でした。