「バラムツ」という魚の名前を効いたことがあるだろうか。
東京湾でさえ取れる意外にポピュラーな深海魚である。
鱗が特徴的で、薔薇の棘に似ているので「薔薇ムツ」。
ただし、他人のそら似で本物の(ムツ)と近縁種ではない。
大きなものは2mを超え、引きが強力でスポーツフィッシィング
好きには格好の獲物の一つだ。

バラムツ
ウィキペディアより

今回、この「バラムツ」を専門学校で講師が生徒50人に試食させ、
問題になっている。さて、何が問題さったのだろうか?
この「バラムツ」、英名を「Oilfish(オイルフィッシュ)」と言う。
これは、この魚が大量の脂質を含んでいる事に由来する。
筋肉中の23パーセントが脂質だ。これは、トロに匹敵する。
つまり全身トロのお魚、と言うことになる。私がネットで調べて
みると、この魚を食べた人の感想で、「まずい」というものは
ただの一件も見つけられなかった。「トロよりうまい。」「売って
いないので釣ってでも食べたい。」等、絶賛の嵐だ。
韓国では2007年まで「白マグロ」と銘打って流通していたし、
日本でも1970年に食品衛生法で禁止されるまでは練り物に
混ぜて使っていた。中国でも「タラ」と偽称してかなり出回って
いるようだ。ではこの魚、何が問題なのか?
実は、この魚の23パーセントの脂質のうち、9割以上が、
「ワックスエステル」という特殊な脂質なのだ。ワックスエステル、
と言うと聞きなれないが、「ワックス」や「ロウソク」の原料、と言え
ばわかりやすいだろう。このワックスエステルを人間は分解でき
ない。ではこれを「たくさん」食べるとどうなるか?
体内温度で溶けて「油状」になり、便意も催さずに「気づいたら
トロトロとお尻から油がダダ漏れ状態」という恐ろしいことになるのだ。
ただ、「それでも食べたい。」とオムツをつけて「数切れ限定」で
バラムツに挑む御仁も結構いる。それほど魅力的な味わいを持って
いる「らしい」のだ。(ごめん、僕は食べたことがない。)
ただ、ウィキペディアによると、バラムツを多量に食べた人で
昏睡状態になり死んだ人もいるそうである。しかし誤解を恐れず
に言うと、どんなものでも大量に取ったら死ぬことはありうる。
個人差はあるが、醤油もウィスキーも1Lも飲めば命は危ない。
食塩もたった200gで致死量となる。コーヒーだって70杯飲めば、
カフェインで死ぬ可能性が出てくるのだ。こんな「毒物」だらけの
世の中で、まだ食べている国もあるバラムツの小片を口にした
ところでどうなるというのだろう。特に今回は、この試食を行った
講師はかなりの専門家で、バラムツの危険性について詳しく
生徒に話をした上、湯通しして油を抜き、親指の先ほどの大きさ
にしたものを「任意」で食べさせたそうだ。この行為のどこが悪い
のか私にはさっぱりわからない。これが危険だというのなら、
食べてはいけない物が相当数でてくるだろう。
今回の騒動の発端は、この専門学校でのバラムツの「試食」の
情報が、どういうわけか「市食品衛生課」に流れた、ということに
よるものらしい。お役所が「通報」を放置できないのはわかる。
だが、もっと違う対処はでなかったのだろうか。私は、バラムツを
試食した事より、こういったくだらない行政指導で教育現場が
委縮し、子供の好奇心を刺激する面白い授業が無くなってしまう
事の方をはるか恐れる。ちょっと大げさな話になるが・・・人類の
進歩は、人類の「知的好奇心」による「冒険」なしにはありえな
かった、と思うからだ。
さて、最後に、この事件の結末はどういうことになったか。
おそらく「バラムツ」のネット検索数はうなぎ登り、「いつかバラムツ
を一切れだけでも口にしよう」と決心した人の数も相当数に上ると思わ
れる。これって、「食品衛生課」の趣旨とは真逆の結果になったの
ではないのだろうか?

※JIJICO掲載コラムに加筆
http://jijico.mbp-japan.com/2014/10/13/articles12739.html