クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲 | 江戸の杓子丸

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化け猫 杓子丸の大江戸見廻覚書


「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」

89分 日  2001年

監督 原恵一

製作 茂木仁史 太田賢司 生田英隆
原作 臼井儀人
脚本 原恵一
音楽 荒川敏行 浜口史郎
撮影 梅田俊之
出演 矢島晶子 ならはしみき 藤原啓治 こおろぎさとみ
    津嘉山正種 小林愛 関根勤 小堺一機 ほか


【完全ネタバレ】



「ずるいぞっ!」。☆☆☆☆☆



〔ストーリー〕
 春日部に誕生した「20世紀博」。そこはひろしやみさえたちが育った70年代のテレビ番組や映画、そして暮らしなどを再現した懐かしい世界にひたれるテーマ・パークだった。
 
 大人たちは子供そっちのけで「20世紀博」に熱中していくのだったが・・・。





劇場版「クレヨンしんちゃん」第9作目。

原恵一、絵コンテ・脚本・監督作品。


エスカレーターで上った正面には、太陽の塔のドアップ。
そんなショットから始まる今作品。


1970年に開催された大阪万博の説明や「ウルトラマン(1966~1967)」を連想させる、ひろし演じるヒーローのアクションと続く。

しんちゃんたちがいる大阪万博会場は実はミニチュアで、そこでひろしがヒーローアクションを撮影しているのだった。

この万博の描き込みが濃密で、この映画のクオリティを象徴している気がする。

全編を通して、トヨタ2000GTやスバル360といった車、ミニスカートやベルボトムなどの‛60年代ファッション、オープニング・クレジットのクレイアニメでもあるけど、ジャイアント馬場の16文キックといった高度成長期を彩ったモノや事柄が画面にあふれている。


大阪万博に行ったという仕事場の方は、その話になるとちょっと興奮した感じになるから当時の人たちにとって万博がどんなものだったのか、ちょっと理解できる。

僕は狭間の世代だな。
大阪万博の時は生まれていないし、両親も特別思い入れを持つような年齢じゃなかったと思う。

劇中、子供とも大人とも言えない中学生や高校生が登場しないけど、僕はそういう存在だな。

それでも、この映画を素晴らしいと思えるのだから万博をリアルタイムで経験した人たちは、クライマックスには涙があふれ画面がぐじゃぐじゃになって観ていられないんだろうなぁ。


秘密結社「イエスタデイ・ワンスモア」のリーダー・ケンは、「20世紀博」というテーマパークを日本各地に作り上げる。


そこは古き良き昭和の懐かしいアイテムであふれ、大人たちを魅了していた。

人々が心を通わしていた20世紀、昭和への懐古、よみがえる昭和のにおい。

そのにおいを集めばら撒き、日本全土を昭和に作り変えるのがケンたちの計画であった。


実際はみんながみんな、この映画のように昭和に帰りたいと洗脳されたりはしないだろうけど、とても説得力がある。

というのも、テーマパークの「20世紀博」が現実にあったら面白いだろうな~、と思ってしまうから(笑)

憧れだった戦隊ヒーローやアニメ・キャラクターのコスプレをしたり、子供の頃買えなかった懐かしいグッズを大人買いしたりと、楽しいに決まっている。


しんちゃんの父・ひろし、母・みさえはこの「20世紀博」の虜となり、しんちゃんや妹・ひまわりを放っておいて遊びまわる。

完全に洗脳されてしまったひろし達は、まるで中学生のようになってしまい、「ご飯は?」というしんちゃんに、みさえは「自分で作れ!」と返す。

いつもは言う事を聞かないしんちゃんがみさえに怒られているのに立場は逆になり、しんちゃんが自分一人でひまわりの世話もするしっかり者になってしまう(笑)

洗脳されてしまったひろしがリビングにあるテーブルの上に乗って歩くショットがあるけど、なるほどうまいなと思った。

大人はしないからね、ああいう事。


その後、ふたば幼稚園のバスに乗ったかすかべ防衛隊と「イエスタデイ・ワンスモア」のチェイスとなるんだけど、しんちゃん達は順番でドライバーを務める。

ただチェイスシーンを見せるだけでなく、それぞれで運転の仕方が変わるというキャラクターを生かした演出がうまいよなぁとホント思う。

バスの運転手席の車窓をしめる時の、シロのおかしな動きがオモロイ。
ああいう細かいの、好き。


しんちゃん達は、「イエスタデイ・ワンスモア」の本部でもある「20世紀博」を目指すことにする。

閉まってしまったゲートにぶつかり山積みになるスバル360は、「ブルース・ブラザーズ(1980)」のパロディだろうけど、よく描くよなあ(笑)

たくさんの「てんとう虫」が走る画は、実写でも壮観のはず。


そして、洗脳され子供に戻ってしまったひろしは彼自身のくさい靴をしんちゃんに嗅がされる事で、現在の自分を取り戻す(笑)

ひろしの人生を、短いショットで重ねて描くシーンは、屈指の名シーン。

おバカを交えつつ家族の絆をしっかりと描ききる、シリーズを通してのテーマと演出が、見事ここに結晶した感じだ。


しんちゃんは家族に背中を押され「20世紀博」のタワー、そのてっぺんに辿り着き、秘密結社のリーダー・ケンを捕まえる。

「未来を生きたい」というしんちゃんが、ケンや彼の恋人・チャコの計画を見事食い止めたのだった。

自分達が夢見た21世紀とは似ても似つかない現実の醜悪な21世紀の姿に絶望し、再び古き良き昭和を取り戻しやり直す、というケンの陰謀には共感できてしまう。

だからこそ、未来に希望を持ち走り続けるしんちゃんが過去に生きる大人達を蹴散らす姿にハッとさせられ感動させられる。

自分達は昭和を生き、たくさんの経験をしておきながら勝手にしんちゃんの21世紀を見限り絶望し破壊しようとする。

そして、失敗するやこの世から逃げようとするケンやチャコの背に、しんちゃんは叫ぶ。

「ずるいぞっ!」

21世紀は実際ケンやチャコのものでもあり、いいものにする責任もある。




我が家に帰った野原一家。

玄関で「ただいま」という両親に、「おかえり、父ちゃん、母ちゃん」としんちゃんが返す。

含蓄に富むセリフが多いのも、この映画にいいところ。


20世紀は戦争の世紀とも言われるし、日本は公害や汚染にまみれていた。
今よりずっと不便で理不尽な事も多かったはず。

それでも、そういったモノが霞んでしまうほど光り輝いて見えるんだろうか、昭和や高度成長期は。

昭和生まれの自動車のデザインがかっちょいいのは、確かだけど。


かすかべ防衛隊の活躍もあるし、野原一家の絆がより見事に描かれている点でも、次の「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦(2002)」に比べると、「クレヨンしんちゃん」作品としては、より完成度が高いかも知れない。

いや、この作品で描かれた野原家の絆を踏まえての、次の作品なんだな。