バックヤードを守っていた大切な社員が退社したのは、需要急増に対する納期対応のプレー―シャーに精神的に耐えられなかった事が原因ですが、時期を同じくして一緒に新規受注で売上成長を引っ張って来ていた営業が辞めると私に告げて来ました。
当時の私の会社は日系企業という事もあり大変安いサラリー水準でした。
競合メーカーの給料と比べると2分の1か、場合によっては3分の1くらいしかありませんでした。
高専を卒業してわが社に入社した当時は初任給はほぼ一緒ですが、キャリアを重ねると段々上昇して差が出てきます。
GDPが成長しているマレーシアなので、賃金上昇のスピードがとても速く、1年後に倍以上の給与になる事もよくあります。
その営業マン(F君と言っておきましょう)は、アシスタントマネージャーで
営業で顧客を訪問して、お客様や違う会社で働く友人と情報交換するうちに、自分自身のサラリーが、友人とどんどん差が出ていってる事に気付き、ある日私に、
「他の会社の給与は倍以上だ。この会社が好きでずっと働きたいが、この給与では将来がない。」
という事を私に言ってきました。
ご本人は本当に今の会社が大好きで、同僚とも離れたくないという気持ちでいっぱいです。
毎日毎日悩み抜いた末での相談でした。
私も辞められては大変!とシンガポールに居る上司に掛け合い給与を上げるようにしましたが、
当時の日本の人事制度をそのままコピペしたような人事制度では、2倍とか3倍とかは不可能で、
出来ても20%アップとか、そこくらいまででした。
ご本人は散々、悩んだ末に、ほぼ退社するところまで来ていました。
私も覚悟を決めて、唯一残るもう一人の営業マン(K君です)と
「二人っきりになってしまったけど、一緒に頑張ろう!」
胎を括ったところでした。
そしたら、ある日突然、そのF君が、
「熟考に熟考を重ねた上で、やっぱりこの会社に残る」
と言ってきました。胎を括っていた私にとっては、逆に意外中の意外でしたが、よく話を聞いてみると。
自分でも悩みに悩んでいて、自分自身に決断が出来なかったそうです。
で、おばあちゃんに相談したらしいです。そうしたら、
「辞めずに今の会社で続けなさい」
という話でした。おばあちゃんにキャリアを決めてもらった訳ですが、大体は
人生や仕事の重大な決断は、他人の何気ない一言が背中を押してくれる事で出来る
のかもしれません。
欧州のグローバル企業だと思って入社した日本企業で5年程度キャリアを得た20代の若いマレーシア人も、世代相応の悩みを抱えながら人生の大きな決断をした訳です。
でF君のその後ですが、現在もわが社で働いていてDirectorをしています。マレーシアだけでなく、東南アジア全域を責任持たされて日々仕事をしています。K君も今はシンガポールに異動して営業責任者をしています。
第3者の何気ない一言がなかったら、今のこの状況は全然違った風景になってたでしょう(笑)。
当時の私の会社は日系企業という事もあり大変安いサラリー水準でした。
競合メーカーの給料と比べると2分の1か、場合によっては3分の1くらいしかありませんでした。
高専を卒業してわが社に入社した当時は初任給はほぼ一緒ですが、キャリアを重ねると段々上昇して差が出てきます。
GDPが成長しているマレーシアなので、賃金上昇のスピードがとても速く、1年後に倍以上の給与になる事もよくあります。
その営業マン(F君と言っておきましょう)は、アシスタントマネージャーで
営業で顧客を訪問して、お客様や違う会社で働く友人と情報交換するうちに、自分自身のサラリーが、友人とどんどん差が出ていってる事に気付き、ある日私に、
「他の会社の給与は倍以上だ。この会社が好きでずっと働きたいが、この給与では将来がない。」
という事を私に言ってきました。
ご本人は本当に今の会社が大好きで、同僚とも離れたくないという気持ちでいっぱいです。
毎日毎日悩み抜いた末での相談でした。
私も辞められては大変!とシンガポールに居る上司に掛け合い給与を上げるようにしましたが、
当時の日本の人事制度をそのままコピペしたような人事制度では、2倍とか3倍とかは不可能で、
出来ても20%アップとか、そこくらいまででした。
ご本人は散々、悩んだ末に、ほぼ退社するところまで来ていました。
私も覚悟を決めて、唯一残るもう一人の営業マン(K君です)と
「二人っきりになってしまったけど、一緒に頑張ろう!」
胎を括ったところでした。
そしたら、ある日突然、そのF君が、
「熟考に熟考を重ねた上で、やっぱりこの会社に残る」
と言ってきました。胎を括っていた私にとっては、逆に意外中の意外でしたが、よく話を聞いてみると。
自分でも悩みに悩んでいて、自分自身に決断が出来なかったそうです。
で、おばあちゃんに相談したらしいです。そうしたら、
「辞めずに今の会社で続けなさい」
という話でした。おばあちゃんにキャリアを決めてもらった訳ですが、大体は
人生や仕事の重大な決断は、他人の何気ない一言が背中を押してくれる事で出来る
のかもしれません。
欧州のグローバル企業だと思って入社した日本企業で5年程度キャリアを得た20代の若いマレーシア人も、世代相応の悩みを抱えながら人生の大きな決断をした訳です。
でF君のその後ですが、現在もわが社で働いていてDirectorをしています。マレーシアだけでなく、東南アジア全域を責任持たされて日々仕事をしています。K君も今はシンガポールに異動して営業責任者をしています。
第3者の何気ない一言がなかったら、今のこの状況は全然違った風景になってたでしょう(笑)。