退院後
手術から約10日後に職場復帰しましたが、
その頃はまだお腹が腫れてるような痛みで時々ジンジンした。
痛みだけならまだ良いのだけど、いつもよりも排卵期周辺がやけに眠く、
だいたい排卵の1週間ぐらい前であろう日から排卵2日後ぐらいかと思われる日まで
眠気との戦い。
そして、子宮内膜症もついでに治してもらったようだけど、
生理が始まる数日前から眠くて眠くて、
そして生理痛も痛くて痛くて(以前より痛くて)、
手術の関係で生理が遅れたためか、経血量も普段より多くて日数も長く
手術して1か月ぐらいは体が不安定でした。
痛みよりホルモンンバランス的に。とにかく眠かった。
だいたい術後4週間ほどで傷も目立たなくなってきて、
以前履いてたパンツも履けて、ほぼ元通りです。
傷のうち、おへその左右の2つは目立たないけど、下の2cm程の傷は
やっぱり傷として残ってまして、ちょこっと盛り上がってます。
そのうちもう少し肌になじむかと思いますが・・・。
術後2回目の排卵期も眠かったです。特に午前中。
別に夜更かししてるわけではなく7~8時間は睡眠取ってたとしても眠い。
術後1.5か月
そろそろ子供欲しい気もするけど心配な部分もある。
高齢出産の域なので、子供の染色体関係の先天的な病気系とか放射能の影響とか
子供が20歳になるまで育てられる経済状況か?とか。
そもそも出来んのか?とか。
将来を考えたら欲しい気もするけど、育てる(っていうか養うっていうか)自身が無いよね。
給料の2割ぐらいがなんだかんだ引かれて、税金ばっかり取られて
手元に残る金額考えたら自分たちだけで精いっぱいな気もするし。
老後の、稼げなくなった時のことを考えたら自分たちの分も足りないかも?
はじめての入院5
急遽退院が決まったので母と夫にメール。
今日お見舞いに来る予定だったので退院時間に合わせて来て貰うことに。
そして私は荷造り。
ちなみに、傷跡はおへそ&おへそと同じぐらいの高さの左右に1cmぐらいと
右下に2cmぐらい。それぞれ医療用ボンドで固めてあり、
おへそはレーズンみたいな色になっていた。
ちょっと恥ずかしいし見づらいですが、こんな感じ。
術後7日目におへそから血が滲んで、翌日病院に行ったら
かさぶたが溶けたとのことでボンド剥がして貰えました。
そしたら、元のおへその形だったので安心しました。
術後約2週間でほぼ目立たなくなりましたが、大きな傷はまだ線が入ってて
傷も盛り上がっているし、おへその左右もエンボスみたいになってます。
でも、体の表面の傷は痛くなくて、お腹の中の傷の方がアザみたいに痛く、
歩きすぎると腫れてるのがわかる痛みで要休憩でした。
初めての入院で勝手がわからずじまいでしたが、とりあえずわかったのは、
・小さい置時計は持って行った方がよい。
・手術後は動けないから手術前に枕元近くに持参したS字フックと
スーパーのビニール袋かけておいたのは正解だった!
・レンタルパジャマは大きめを選ぶべし。
162cm用サイズを申し込んだら(自分は158cm)、小さくて七分丈に!
(手術後でお腹が腫れてたのもあって余計に小さかった)
・iPad2持ってってよかった!小説も持って行ったけど読まなかった。
・イヤホンはヨドバシで2,600円ぐらいで売ってるヤツ買って、テレビ見たりiPadにつないで
音楽聴いたり、いろいろ活躍した。
・もこもこの靴下、サンダルスリッパ、コップは100均で購入。
・手術した日のうがいや水飲みに曲がるストローが便利。
近所のファミレス的なお店で拝借・・・。
・ティッシュは箱で持って行ったほうが良い。
・荷物の運搬はスーツケースが便利。
・iPad以外の充電器は使わなかった。
・機内食の塩・こしょう、ふりかけ持って行ってよかった!
・入院前に履いていったパンツは退院時はきつくてボタン外さないと履けなかった。
術前は測ってないけど手術後から約1週間で下腹が7cm減り、約2週間で9cm減り
やっと履けるけど動くとキツイ状態。もうちょっとで履けるかなぁ。
他に気づいたことがあれば、追加していきます。
はじめての入院4
手術した次の日、午前中に歩行練習。
とりあえずトイレまで歩けることを確認してからカテーテル外してくれた。
この日はベッドもずっと背を起こして寝ないようにしていた。
でも、歩くのは最初はプルプルした感じでした。
点滴付けながらなんで、本当に、100%どっから見ても病人!って感じでした。
朝食はトーストとシチューだったけど食べられず。コーヒー牛乳だけキープ。
前日の流動食を看護師さんが取っておいてくれてそれを午前中に食べました。
っていうか、紙パックのジュースみたいな流動食だから飲んだような感じか。
昼食・夕食は、量は半分しか食べられなかったけどちゃんと食べた。
昼食前に取った腫瘍の写真を見せてもらった。
手術前の状態から終了までの写真何点か。
実は卵巣嚢腫だけではなく3ミリほどの子宮筋腫と子宮内膜症もあったみたいで
それは腹の中をみて初めて分かった、と。。。そういうもんですよね。
どーりで今まで生理痛が激しかったことよ。
そして、この日の夜点滴・抗生剤終了。
腹腔鏡手術の時、二酸化炭素?炭酸ガスで腹を膨らませるらしく、
それが残っていて胸を圧迫したり肩が凝った状態になったりして
手術の傷よりそっちの方が痛くてつらかった。
昼間は胸と肩、夜になると首にきて、
首が凝って夜中2時ごろに起きちゃってマッサージした。
術後2日目、朝起きたら血液検査で採血。朝食も半分ぐらい食べた。
そして昼食時、先生が来て
「血液検査の結果も問題なかったので今日の夕方にでも退院できますけど、どうしますか?」
えー!?おととい手術したばかりでもう退院ですかっ!
とちょっとビックリ!
もちろん、1泊するとその分料金かかるしあまり長居する意味もないので
この日急遽退院することになりました。
これは美味しかったです。なめこそばに入ってる鶏肉と汁以外は完食しました!
(続く)
はじめての入院3
手術室は寒かった。
事前のオリエンテーションではリラックスのためにBGMを流すから
好きなCDを持ってきて、とのことだったので、CD-Rに焼いて持って行った。
が!
手術室に入るとかかってるのはドリカム。ドリカム好きじゃないのにー!
1曲ぐらい聴き終わっちゃったところでまだ持って行ったBGMはかからず、
「BGMは?」と催促。
麻酔が効き始めた頃にやっと持参したCD-Rの1曲目がかかる。
Jの「FEEL YOUR BLAZE」。しかし、ワンコーラスほどで麻酔が効き、落ちた。
ATARI TEENAGE RIOTやNIRVANAも用意していたのに、聞けず・・・。涙。
「手術終わりましたよ」と言われて目が覚めた。気付いたら終わってた。
初めての全身麻酔は本当にその間の記憶が全く無く
知らないうちに落ちて知らないうちに手術が終わってて起きた。
麻酔から目が覚めた早々、「取ったもの見れますか?」と聞いてみた。
ちょっとグロテスクかもしれないけど興味があったので見てみたかった。
が、後で写真を見せる、とのことで病室まで運ばれる。
運ばれてる途中もぼんやりした感じで移動してるのはわかったけど
知らないうちに病室に着いていた感じ。
11時頃には病室にいたので手術時間はおよそ1時間ぐらいだったと思う。
手術中にカテーテルも挿入されていて、この後しばらくは点滴&抗生剤の嵐。
ぼーっとしたまま横になって時が過ぎるのをひたすら待つ。
ワンセグで昼ドラ見た以外は寝てた。
寝返りがうまく出来なかったけど、他にやることないし出来ないし、
寝すぎて背中や腰が痛くなっても寝るしかなく・・・。
夜は流動食が出たけどとても食べられなかった。微熱あり。
消灯後、寒気がしてナースコールで看護師さん呼んで厚い布団をかけてもらったら
吐いてしまった。枕元に桶?用意してもらっていたので助かった。
昼間散々寝たので眠くないし、時計を持ってきてなかったので今何時かもわからず、この日の夜は本当に長かったわ。
(続く)
はじめての入院2
手術前日、午前中に入院手続きし、病室へ。
勝手がわからず、とりあえずパジャマに着替えたり荷物整理する。
12時ちょうどにお昼。昼食前に身長・体重を測り、病室へ戻ったら
ベッドに配膳されていた。初日のメニューはうどん。
リンゴと黒糖蒸しパン付。蒸しパンは全部食べたけどリンゴは残した。
うどんも半分ぐらい食べた。
その後は、日中に剃毛とシャワーを、夕食後は浣腸をした。
それまで暇なので、売店に行って明日からのレンタルパジャマを申込みしたり
iPadで遊んだりテレビを見て過ごす。
18時夕食。病院食つまんねー。(その時はまだ元気だから言えた)
ご飯にふりかけかけて、卵豆腐は持参した蓮華で食べた。
0時から絶食、翌朝6時から絶飲。手術の日は朝・昼食ナシ。
20時に浣腸、21時に消灯。
浣腸も初めてだったけど、注入してすぐトイレに行きたくなり焦った。
も、もう我慢でき・・・な・・・い・・・。って感じでヤバかったけど、
看護師さんが「あと三分の一、あと50」みたいにカウントダウンしてくれて
なんとか我慢して隣のトイレに駆け込む。(シャーっと出た。くさい。)
翌朝も7時ごろ同じように浣腸してシャーっと出す。
手術は8時30分からなので、身内は8:15頃病室に到着。母親と夫。
その後、手術着に着替える。パンツは履いてました。
(指輪取り忘れて手術室で取った)
5分前、手術室まで歩いていくと、同じ時間に手術の人が並んで待っていた。
少なくとも4組ぐらいは同じ時間だったっぽい。
ドアの中の椅子に座り、名前と何の手術かを話し、麻酔医の紹介と頭にヘアキャップ付ける。
(続く)
はじめての入院
これまで大きなケガや病気などしたこともなく育ち、
一番大きくて捻挫程度だったけど、
後厄の今年、初めて手術&入院しました。
1月か2月ごろ、そろそろ子供が欲しいなぁと思って、町のクリニックへ。
卵胞の大きさを超音波で見てもらうと、「あら?子宮が2つあるのかしら?」と。
そんな訳はないだろうから一度MRI等で詳しく見てもらったほうが良いとのことで
近くの大きな病院へ。
そしたら、卵巣に5.5cmぐらいの腫瘍があって、腫瘍マーカーとか血液検査で
調べてもらったら、髪の毛や油などの卵巣嚢腫と。。。
卵巣嚢腫って種類がいくつかあって、水のタイプはすぐ大きくなってしまうらしいが
髪の毛などのタイプはそんなにすぐには大きくならないようで、
でも小さくなったり薬で治ることはなく、今後は大きくなったり茎捻転すると痛いし
5センチ以上は手術したほうが良いって話で手術決定。
その頃ちょうど転職活動もしていたので手術の日程は早くて6月って話だったけど
11月にしてもらった。(有休とか関係で)
いろいろあって6月に転職し、8月ごろにそれとなく病気を匂わせ、10月入ってから
打ち明けて、連休明けに入院。
早ければ5日間で退院と言われていたので、どうなるんだろう?
私は年齢的にも体力無いし遅くなるかな?と思っていたら・・・。
(続く)
新しいパソコン。
先日パソコン購入しまして、win8だしIE10だし、COREi7だし~!
ってことで、1週間経ってやっとセッティング。
まだ慣れません。
iPad使ってフェイスブックやツイッターやミクシィにちょこっとずつ書き込みしてて
ブログおろそかにしてましたが、
また少しずつ書いてみようと思う。
南野くんのこと。
自分の中の思い出は、93年~約2年間の新宿ロフト。
当時、南野くんはBOICEというバンドをやっていて、
かつ新宿ロフトの店員さんだった。
自分の好きなバンド(複数)がよくロフトでライブをやっていたので、観に行くうちに
BOICEも観に行くようになった。BOICEの他にもMOTHERSも好きだったな。
ロフトがまだ西新宿の小滝橋通りにあった頃で、立ち退き問題があり、
フジテレビのNON-FIXで取り上げられた時も店員としての彼の姿が映っている。
また、その頃渋谷ラママにも行くようになり、こっちはティラノザウルスとか、
ヒステリック・スージーズ、マジカルオレンジ、スペース・カウボーイズ、
ラブ・ミサイル、デッド・バイ・マニアックなどなど。
で、そのBOICEはその後、4-STICKSとバンド名を改名して
エピックソニーからデビュー。
スペカウはメンバー交代の後、キューンソニーからデビュー。
その後やってきたブリットポップの波に乗ってしまい、
私は英国バンドのライブを観に行くようになり
日本のバンドを観に行く回数も減ってしまっていた。
閑話休題
そのBOICEの南野くんの名前を、数年前、
レーベルやってるっていうのは人づてに聞いてましたが
自分の目で、耳で、20年近くぶりに耳にすることになったのが
2012年6月10日、13時ごろ起きた大阪心斎橋での通り魔事件だとは。
(被害者は南野信吾(42歳)と60代くらいの女性)
本当に、言葉もない。
ツイッターでその事件の内容を知り、すぐにネットのニュースで確認。
ああ、本当だ。え、なんで?信じられない・・・、悔しい、残念、ひどすぎる。
いろんな思いが巡った。
まさか、テレビのニュースでやるような大事件に、
自分の知ってる名前が出てくるとは思っていなかった。
それも、鬼畜としか言いようがない惨殺だなんて。
まったく知らない人だったとしても今回の事件は
「ひどすぎる」という感想を持っただろうし、多少知ってる私ですら、
--- 過去にライブ見たり彼の歌っている写真やCD、ビデオ、---
--- ファンクラブの会報も持っているだけですが、---
寂しさと憤りを感じた。
もっと近しい人の気持ちは計り知れないものがある。
どうしてもその事件を、南野くんのことを
まるで見ていたかのように想像してしまい、
数日は、心が乱れたまま、彼のことを考える日々でした。
サインやメッセージ付のポラロイド写真、直筆メッセージ入りの会報、
自分で撮影したビデオを見ながら・・・。
*ビデオは当時、ダビングして本人にも渡した気がする。
写真の中の彼は、ピースして満面の笑みを浮かべていて、
ポラのメッセージは「うれしー」って書いてある。切ない。
(1993年 新宿ロフトでのライブより)
容疑者は過去に逮捕や受刑歴が何度かあり、
今回は出所後、しばらくは薬物中毒者の施設にいたのに、
仕事を紹介してもらえると大阪に行き、知人宅に泊まり、
その後無言で知人宅を出て
百貨店で包丁を購入し、すぐに犯行に及んでいる。
被害者は南野くんの他に60代の女性(佐々木さん)。
南野くんが刺された後、佐々木さんを刺し、その後更に南野くんを刺している。
ほんの3分程の間の犯行とはいえ、助ける術は無かったのか。。。
周りにいた人の心理状態を「もし自分だったら」と置き換えて考えてみる。
多分、それが知り合いだったら助けに行ったかもしれないけど、
巻き込まれたくないから逃げるしか無かった、通報するしか無かったかも。
正義感より恐怖の方が先にある気がする。
容疑者のことも考えてみる。
まともな社会経験が無いように思えるので、おそらく社会に出る不安が強い?
そして自分のこと不幸だとでも思ってる?
刑務所で生活している方が楽とか思ってる?
他人を思いやる気持ちを持ってないように見えるし、本当に道徳観が無い。
36歳にもなってなにやってるんだ!って思う。
私と同じ年齢というのもショックだったりする。
世間では、サラリーマンだったら課長・係長クラスの世代。
容易に死刑にするよりも、容疑者にとっての極刑を望みます。。。
そして、南野くんは、どうか安らかに。





