多摩川の渡し跡、なんだか扱いに差が・・・ | 黒田 涼と江戸を歩く

多摩川の渡し跡、なんだか扱いに差が・・・

取材で、多摩川にあった渡し跡をいくつか見てきました。

しかしその扱いにずいぶん差があって、なんだろうなあ?と思いました。

今回ご紹介するのは大田区内にあった渡し跡です。

まず最下流にあった羽田の渡し跡。
東海道から分岐して、羽田村に向かっていた羽田道から、さらに多摩川を越えて川崎大師に参詣する近道の渡しです。

モニュメントがごろごろしています(笑)。

現在は首都高や第一京浜・国道15号の大師橋がかかっていて、京浜間の大動脈です。

左は旧大師橋の銘板です。

真ん中は多摩川河口の地理についての案内板。

一番右は羽田の渡しについての解説板で、








裏に大きく「羽田の渡し」と書いてあります。





まあ、いい扱いです。

しかし次の大師の渡し跡には、行っていないのですが何もないようです。

まあここは明治にできた新しい渡しで、主要な道路があるわけでもないので仕方ないかもしれません。

次の六郷の渡しはどうでしょう。

ここは現在も国道1号が通る主要幹線です。

しかし・・・・

ちょっと寂しいですね。

これ、なんて書いてあるか読めませんが、「六郷の渡し」と書かれているそうです。
うーーっむ。




堤防そばの神社の境内にあるのですが、境内には解説板もあります。



さきほどの羽田の渡しにはありませんでした。







次の渡しは小向の渡しといいますが、ここにも何もないようです。


このあたりなのですが・・・・
川崎側には碑があるようです。

東京側の住人が、多摩川の流路変化で対岸になってしまった畑を耕しに行くための渡しだったそうで、今は川崎市側には畑はなく、河川敷なってしまったので、廃止されています。

次は矢口の渡し
矢切の渡しではないです。
あれは江戸川。

ここは堤防端の神社に比較的立派な碑があります。

ネットなどで見ると解説板もあるようなのですが、ちょっとわかりませんでした。




ざっと見てずいぶん扱いに差があります。
同じ大田区なんですがね。

私はそうではないですが、たぶん「渡し」マニアがいます。
そうした人たちが歩いて探索して楽しめるような仕掛け作りも大事だと思うのですがねえ。