消えた啄木ゆかりの地、赤坂の古寺 | 黒田 涼と江戸を歩く

消えた啄木ゆかりの地、赤坂の古寺

ナントカミクスのせいなのか、最近の都内の変貌ぶりが凄まじいです。
どんどんマンションが建ち、景色が変わっていきます。
人口減るのに誰が住むのか心配になってきます。

そして様々な史跡、風情のある場所が消えていきます。

最近びっくりした2か所をご報告します。

まず本郷の石川啄木ゆかりの地。
北海道から東京にやってきた啄木が2番目に住んだのが、本郷の下宿屋蓋平館。
朝日新聞社に仕事が決まり、やはり本郷の喜之床に引っ越すまで9か月間住んでいました。

1935年に太栄館と名前が変わり、啄木が住んだころの建物は戦後に焼けましたが、木造の趣ある建物として旅館の営業を続けていました。

玄関脇には啄木由縁の宿の碑が立っていました。







ところがです!


先日街歩きでご案内しようと訪れたところ、重機が建物を壊している真っ最中でした。
がーーん。
マンションになるようです。

新聞などのニュースにはなっていなかったと思います。
開発業者としては騒ぎにならずほっとしていいることでしょうが、なんとも残念です。

ただ啄木ゆかりの地、というだけでなく、戦後とは言え、戦前の雰囲気を残した周辺でも貴重な下宿建築でした。
私は中に入ったことはありませんが、以下のサイトで見られるように、都内では貴重な和風旅館でした。

太栄館

いくら何でも碑は残されて再設置されると思うのですが・・・・

本郷館はすでにマンションに変わっており、このあたりではもうあとは鳳明館だけですね。


そして次は赤坂の威徳寺、といってわからなければ赤坂不動尊です。


一ツ木通りの入口すぐ脇に、繁華街にはやや異質な山門が建っていたのをご記憶の方もいらっしゃると思います。


奥には墓地も見えます。
奥に本堂があり、隣り合った駐車場から裏の通りに抜けられる抜け道がある場所でした。













ここもなんときれいさっぱりなくなっていました。
ひえーーー。
知らなかった。

ここは江戸時代から近くにあった紀州徳川家の祈願寺として栄えていました。

小ぶりながら味のあるお堂だったんですが、どうも跡形もないです。
近づけないのでよくわかりませんが。

表示を見ると6階建てのビルになるようです。
抜け道はどうなるのでしょうか?
一ツ木通りから丹後坂に抜けるいい道だったのですが。

またお寺の背後にあった旧赤坂小学校の建物もなくなっていました。
いよいよ工事が始まるようです。

ここには国際医療福祉大学の校舎が建つようです。

詳細

この大学は天下りが多いので有名ですね。
いろいろ噂があってかつて市川市の国有地払い下げが白紙になったことがあります。

また現在のP右側の駐車場ですが、ドンキホーテ赤坂店建設のお知らせが掲示してありました。

一斉にというのは、われわれ一般人にはわからない何か理由があるのでしょう。

1、2年でこのあたりの景色は一変しますね。
繁華街から突如現れる江戸の景色、なかなか面白かったのですが残念です。