世田谷区の国立大病院は元は軍病院
「大軍都・東京を歩く
」発刊記念、「大軍都・東京を歩く
」未収録23区内軍用地シリーズ第3弾です。
三軒茶屋駅から北に向かうと地名にもなっている、聖徳太子を祀ったお寺、太子堂があります。
正式には円泉寺という名です。
山門を入ると巨大なマンションがその背後にそびえています。
この敷地には東京第二陸軍病院がありました。
病院は1899年に東京第二衛戍病院として開設され、1938年に東京第二陸軍病院に改称されます。敗戦とと もに厚生省に移管されて国立世田谷病院となり、そこに小児病棟を作って、1965年には小児専門の国立小児病院に衣替えします。
その後2002年に世田谷区大蔵にあった国立大蔵病院と統合して大蔵病院敷地に移転し、今は国立成育医療研究センターとなっています。
実は統合した大蔵病院は、元はといえば東京第二陸軍病院の大蔵分院でした。
それがのちに東京第四陸軍病院として独立したので、形としては元の病院が同じ敷地で同じ病院になったことになります。
国立小児病院跡地では移転後に大量の医療廃棄物が見つかって問題になりました。
50リットル缶2万個分といいますから相当な量です。80年代以前に埋めたらしい、というだけでその後廃棄の経緯が明らかになったのかはわかりません。
旧軍時代のものもあったのでしょうか。
その後敷地は再開発され、2008年頃からいまのような姿になっています。
病院や軍の面影の全くない高級マンションに生まれ変わっています。
また駒沢公園の向かいにある国立病院機構東京医療センターも、戦前は海軍軍医学校第二付属病院でした。
1884年創立で、敗戦で厚生省に移管され、国立東京第二病院となります。
1998年に国立病院東京医療センターとなり、2004年に独立行政法人化して現名称になりました。
三軒茶屋駅から北に向かうと地名にもなっている、聖徳太子を祀ったお寺、太子堂があります。
正式には円泉寺という名です。
山門を入ると巨大なマンションがその背後にそびえています。
この敷地には東京第二陸軍病院がありました。
病院は1899年に東京第二衛戍病院として開設され、1938年に東京第二陸軍病院に改称されます。敗戦とと もに厚生省に移管されて国立世田谷病院となり、そこに小児病棟を作って、1965年には小児専門の国立小児病院に衣替えします。
その後2002年に世田谷区大蔵にあった国立大蔵病院と統合して大蔵病院敷地に移転し、今は国立成育医療研究センターとなっています。
実は統合した大蔵病院は、元はといえば東京第二陸軍病院の大蔵分院でした。
それがのちに東京第四陸軍病院として独立したので、形としては元の病院が同じ敷地で同じ病院になったことになります。
国立小児病院跡地では移転後に大量の医療廃棄物が見つかって問題になりました。
50リットル缶2万個分といいますから相当な量です。80年代以前に埋めたらしい、というだけでその後廃棄の経緯が明らかになったのかはわかりません。
旧軍時代のものもあったのでしょうか。
その後敷地は再開発され、2008年頃からいまのような姿になっています。
病院や軍の面影の全くない高級マンションに生まれ変わっています。
また駒沢公園の向かいにある国立病院機構東京医療センターも、戦前は海軍軍医学校第二付属病院でした。
1884年創立で、敗戦で厚生省に移管され、国立東京第二病院となります。
1998年に国立病院東京医療センターとなり、2004年に独立行政法人化して現名称になりました。