赤羽・八幡坂の陸軍境界石 | 黒田 涼と江戸を歩く

赤羽・八幡坂の陸軍境界石

大軍都・東京を歩く 」発刊記念、
23区内の陸軍境界石シリーズ、第31弾です。
(境界石とはなんぞやは→こちら

前回の桐ヶ丘の陸軍境界石に向かう途中に赤羽台3丁目というバス停があります。
八幡中学と京北高校の校舎に挟まれた道沿いにあります。
この道は八幡坂という坂で、バス停から少し下った京北高校側に碑が建っています。

そこからさらに駅方向に下り、民家が現れて墓地の手前に墓地に入る細い道があります。
その角の足元にあります。

石の上部がかなり空いて、「陸軍」とあり、「用」の字が半分ほど見えます。

この石は上に2方向を指した矢印がはっきり残っている珍しいものです。
おそらく土地境界の方向を示したものでしょう。
その内側には、戦前は陸軍被服廠がありました。

軍服などを造る工場です。
大正時代に本所から移ってきたのですが、その本所の跡地が被服廠跡で、関東大震災で大勢の焼死者が出たことで有名ですね。

裏はすぐお寺で墓地です。

おもしろい絵ですね。















No.43 赤羽・八幡坂の陸軍境界石
所在地 北区赤羽台3-4-10
表示 「陸軍用(地)」