寛永寺特別参拝。徳川家霊廟を拝見しました
昨日、大雨の中、寛永寺
の特別参拝に行ってきました。
徳川家霊廟の公開を中心に不定期に行われているもので、はがきによる事前申し込みが必要です。
残念ながら撮影はできませんので、当日のものはありません。
寛永寺のホームページに少し出ています。
参拝は午後2時から、
まず本堂に入り、読経していただけます。
私の名前も呼ばれました。
そのあと寛永寺の歴史をお話しいただきました。
普通、自分の寺の話はいろいろ自慢するように思いますが、話をしていただいたお坊さんは、寛永寺の成り立ちやらを非常に客観的に、むしろへりくだるぐらいの感じで話していて、好感が持てました。
本堂の諸仏も間近に拝めてなかなか興味深いものがありました。
本尊の薬師三尊は秘仏ですので拝観はできません。
お話しのあと、いよいよ徳川家霊廟に。
普通は柵の外から綱吉公霊廟の勅額門
(写真は別の日)
と、水盤舎を眺めるだけなのですが、その中に入ります。
まず13代将軍家定公と篤姫の眠る宝塔です。
ほぼ同じ大きさで並んで建っています。
これはほかの将軍にはないことで、篤姫の家定に対する思いと、明治になって篤姫が亡くなったことによるのでしょう。
続いて綱吉公。
こちらは大きさは同じくらいですが、青銅製のぜいたくなもの。
今回拝見した墓所は本来この綱吉公の墓所として整備されたものですが、吉宗公以降、墓所を簡素にするという方針に従って、吉宗公、家定公が間借りする形になっています。
さらに倹約の方針に従って、吉宗公以降の宝塔は石造です。
で、最後に吉宗公の宝塔。
いずれの将軍も、この宝塔の地下に、座る形で埋められているそうです。
もともとは、これらの宝塔以外にも、門や拝殿などが建ち並んでいましたが、空襲で焼けてしまいました。
また墓所を囲む石垣は、幕末に荒らされることを恐れた勝海舟が造ったものとのお話しでした。
以前から、徳川家の墓所にしては、大きいものの石垣の仕上げが粗雑だなあ、と外から見て思っていたのですが、そういうわけでした。
また寛永寺には4代家綱公の墓所もありますが、こちらは今回は見られませんでした。
これからも適宜公開されるとのことですので、寛永寺のホームページを注意して見てみてはいかがでしょうか?
徳川家のもう一つの菩提寺、増上寺の徳川家霊廟は、空襲による被害がひどく、戦後発掘調査されたあと改葬されていますので、江戸時代のものは残っていません。
改造された霊廟は希望すれば参拝できますし、時々公開していますので、こちらもどうぞ。
徳川家霊廟の公開を中心に不定期に行われているもので、はがきによる事前申し込みが必要です。
残念ながら撮影はできませんので、当日のものはありません。
寛永寺のホームページに少し出ています。
参拝は午後2時から、
まず本堂に入り、読経していただけます。
私の名前も呼ばれました。
そのあと寛永寺の歴史をお話しいただきました。
普通、自分の寺の話はいろいろ自慢するように思いますが、話をしていただいたお坊さんは、寛永寺の成り立ちやらを非常に客観的に、むしろへりくだるぐらいの感じで話していて、好感が持てました。
本堂の諸仏も間近に拝めてなかなか興味深いものがありました。
本尊の薬師三尊は秘仏ですので拝観はできません。
お話しのあと、いよいよ徳川家霊廟に。
普通は柵の外から綱吉公霊廟の勅額門
(写真は別の日)と、水盤舎を眺めるだけなのですが、その中に入ります。
まず13代将軍家定公と篤姫の眠る宝塔です。
ほぼ同じ大きさで並んで建っています。
これはほかの将軍にはないことで、篤姫の家定に対する思いと、明治になって篤姫が亡くなったことによるのでしょう。
続いて綱吉公。
こちらは大きさは同じくらいですが、青銅製のぜいたくなもの。
今回拝見した墓所は本来この綱吉公の墓所として整備されたものですが、吉宗公以降、墓所を簡素にするという方針に従って、吉宗公、家定公が間借りする形になっています。
さらに倹約の方針に従って、吉宗公以降の宝塔は石造です。
で、最後に吉宗公の宝塔。
いずれの将軍も、この宝塔の地下に、座る形で埋められているそうです。
もともとは、これらの宝塔以外にも、門や拝殿などが建ち並んでいましたが、空襲で焼けてしまいました。
また墓所を囲む石垣は、幕末に荒らされることを恐れた勝海舟が造ったものとのお話しでした。
以前から、徳川家の墓所にしては、大きいものの石垣の仕上げが粗雑だなあ、と外から見て思っていたのですが、そういうわけでした。
また寛永寺には4代家綱公の墓所もありますが、こちらは今回は見られませんでした。
これからも適宜公開されるとのことですので、寛永寺のホームページを注意して見てみてはいかがでしょうか?
徳川家のもう一つの菩提寺、増上寺の徳川家霊廟は、空襲による被害がひどく、戦後発掘調査されたあと改葬されていますので、江戸時代のものは残っていません。
改造された霊廟は希望すれば参拝できますし、時々公開していますので、こちらもどうぞ。