東京では、桜もすっかり満開を迎
えた。
この週末は、日本酒の品ぞろえがちょっと有名だという、大塚の居酒屋へ。
確かに酒の種類・銘柄は日本酒に限らず、焼酎や国産ワインまで豊富で、料理の味もなかなか。カウンター割烹風な店の雰囲気も悪くない。
だけど、なんというか…「残念」と感じてしまった。
客が好みの酒を自由気ままに飲むことに、店主がいい顔をしない。
その反対に、料理と相性が良いとされる酒を店主が強くプッシュしてくる、"マリアージュ"至上主義の店だったのだ。
隣に座った客は、入店して最初の酒に燗酒を頼むなり「うちの前菜に合うのは吟醸酒の冷酒なんですが」と先制パンチを受けていた。
それでも彼は「んんん、でも外が肌寒かったので、やっぱり燗で」。
私も頼んだ酒を「次に出る料理には合いませんが…」と一蹴されたものの、無勝手流を貫き、やはりいい顔をされなかった。
(でも、ボトルじゃなくてグラス一杯だからこそ、好きな銘柄を好きな流れで飲みたかったんだもの)
確かに、料理と酒のベストマッチというのはある。
口に残る料理の余韻を、相性のいい酒がゆるりと流していくとき、両者の風味がぴったり噛み合ったときの多幸感は、結婚に例えられるのもわかる。
でもその、いわゆるマリアージュって、こんなに窮屈なものだったっけ?
料理と酒はばっちりマリアージュしたとしても、酒と、酒を飲みたい私との相性はどうなるの?
頼んだ料理で飲む酒を決められるのって、かなり不自由なんですけど。
(まるで、お仕着せの結婚みたいに…)
そんなことが気になり始め、マリアージュという言葉を帰宅後ネットで検索してみた。
するとワイン関係のサイトで"外的マリアージュ"なる新語を見つけた。
要は、料理と酒の相性だけではなく、環境や人のメンタルやフィジカルな面と、酒の相性も重視されつつある、ということだった。
(環境と酒との相性は、例えば蒸し暑い気候のときはさっぱりドライな酒が飲みたい、というようなもの。
人のメンタルやフィジカルな面と酒の相性というのは、陽気な気分のときは華やかな香りの酒が、深く落ち着きたいときは重ための酒がしっくりくる、などのこと、らしい)
まあ、そんな新語を持ち出すまでもなく、「飲む人の心と体に寄り添う酒や料理」が、最上なのだ、やっぱり。
人間は、舌だけの存在じゃあないのだ。
不器用なこだわり派らしいあの店主にも
「料理と酒のマリアージュだけじゃなく、客と酒、客と店とのマリアージュも意識してみてね…」
そう言葉をかけたくなる、そんな春の宵だった。
(参考:ワインネット)
Android携帯からの投稿
