[聖マルティンの像。マルティンは騎士で殉教しなかった聖人。ハイデガーとの関係は後述]

Tweet&Authoringの楽屋裏を見せることになりますが、取り急ぎ整形しないままラフな草稿として記事にしています。但し、タイムライン上の時系列は古いものから新しいものへつまり降順から昇順へ意味的に逆転させ、通常の文章の流れになるようにしました。(一々キリバリは大変ですが、一瞬で昇順を降順にするやり方ソートアルゴリズムがあります。これはまた別の話題ですね。あ、〈時間〉には関係あるかも)。

【ミステリーとして読む『存在と時間』】哲学は断りがない限り西洋哲学であり西洋哲学史だ。今も哲学科と言えば西洋哲学科でしょ?ローカルな学でありローカルな歴史だと一旦は見る自覚が必要。ソコを日本語という制約の中で可能性としての普遍にもたらそうとしたのが戦前戦中の日本の「哲学者」達だ。
posted at 09:30:40

【ミステリーとして読む『存在と時間』】サピア=ウォーフ仮説論争などを言挙げすることもなく――この論争1950年代以降だから意識しようもないがw、明治末年の西田幾多郎以来始まってたというのが僕の仮説。和辻「日本語で哲学する」も戦前だが或る方法の契機とはなったが「完成」はしていない。
posted at 09:45:07

【ミステリーとして読む『存在と時間』】サピア=ウォーフ仮説がどうであれ「それでも今日、山手線は走ってる」にとって重要なのは〈生活世界〉と訳されているフッサールのLebenswelt。なぜ重要か?このLeben、日本語で言う日常生活の「生活」に留まらない僕らが言う〈生物層〉まで拡、
posted at 09:56:52

【ミステリーとして読む『存在と時間』】Lebenが日本語の日常生活の「生活」に留まらず僕らが言い始めてるところの〈生物層〉まで拡張可能だから。ついでに〈普遍〉についてゆっとくと戦前に比べて緩くなった、つまり意識しなくていい「分かったつもり、肩を並べたつもり」になったのが70年代。
posted at 10:03:37

【ミステリーとして読む『存在と時間』】「肩を並べたつもり」になったのが70年代という水準での〈普遍〉化は漢文の先生の伝聞からの伝聞でフランスから帰国した澁澤龍彦の文体が変わったのがその頃と。こうして、それでも今朝、山手線は走っているその山手線はより強靱に便利に走れることになったw
posted at 10:11:41

【ミステリーとして読む『存在と時間』】〈生物層〉への拡張を含んでいいとした場合の〈生活世界(フッサール)〉に実はここでハイデガーの「技術への問い」が絡んでくる。これはサピア=ウォーフ仮説論争忘却どころではない忘却を実現してくれている=空想的普遍主義へと、いずれ関連づけていこう。
posted at 10:21:53

【ミステリーとして読む『存在と時間』】サピア=ウォーフ仮説論争に絡めて各国「言語」を《国語》と呼んでみよう。すると柄谷行人先生が登壇なさるわけだがw僕らはその水位の議論はすでに消却できたものとして進むことにする。アレはインポテンツしかもたらさない、ということがわかればそれで善い。
posted at 10:44:48

【ミステリーとして読む『存在と時間』】[蛇足]思わず「各国「言語」を」と書いたが「各「言語」」とすべきかも。ハイデガーが好んだ「ドイツ」の詩人ヘーベルの言語はアレマン語Alemannisch(これ仏語のドイツ語=アルマンに似てね?)柄谷のは教科書「国語」のそれだろう。亜周辺の遍在
posted at 11:37:05

【ミステリーとして読む『存在と時間』】さて例によって時代区分を当てればミステリーとしての『存在と時間』は中期にあたる。このハイデガーに僕らの日本の「哲学者」達は20年代後半から30年代に直参した。この中には和辻哲郎と京都学派だけでなく縮約「実存」を定着させた九鬼周三もいたわけだ。
posted at 12:13:37

【ミステリーとして読む『存在と時間』】Existenz現実存在=実存は「開存」とされたこともあったようで面白い。普遍に関しては数学があるがこれは寺田寅彦『数学と語学』小倉金之助『日本の数学』を補助線に。で、初期ハイデガーは俺らの山勘通りw神学徒だった。で【記紀と聖書】に循環線。
posted at 12:26:58

【ミステリーとして読む『存在と時間』】補足1『労働者―支配と形態』邦訳 月曜社のエルンスト・ユンガーとハイデガーの交渉重要。具体的概念をハイデガーに補給してる(概念、忘れたw)。補足2 読み達者な方は笠井潔ミステリー『哲学者の密室』を思い出されるかもだが関係ない。好きな作品だけど
posted at 13:46:18

【ミステリーとして読む『存在と時間』】こういうのやってるときだけもっと広いお家だったらよかったのに笑と思う。実際参考本とかポンポン床に置き図形配置できるから【記紀と聖書】へ循環線など一見寄り道に見えて《アルゴリズムの選定》に近く後が断然速い。【編集中】への巨大補給船になっていく。
posted at 15:51:34

【ミステリーとして読む『存在と時間』】田辺元〈数理哲学〉からする対決を念頭するためにMathematicaを触りながらハイデガーの独語を芯径0.3ミリでなぞっていく。ただMathematicaは高価で一人所有するようなもんじゃないのでWeb版で。この手の道具は他にも色々あるよ。
posted at 16:09:19

【ミステリーとして読む『存在と時間』】原書最新版は2006年19版で止まり版元Max Niemeyer VerlagのURLは個人サイトに買われており建物今もテュービンゲンにあるのか?編集者はいたのか?誰か?あの異同は?など探偵小説趣向でテクスト外在的内接も在りと思い直す昼下り。
posted at 14:07:51

【ミステリーとして読む『存在と時間』】Verlag Vittorio Klostermann社全集版にSein und Zeitは未収録?創文社全集では『有と時』。ともあれ先程の謎は実はほぼ解けている。レーヴィット『乏しき時代の思索者』に答は大抵あるが探偵小説の「謎」として一旦、
posted at 15:24:28

【ミステリーとして読む『存在と時間』】ブリタニカ草稿に始まるフッサール/ハイデガーの離接→ハイデガー/レーヴィットの離接←→和辻哲郎と京都学派による離接的総合Synthèse Disjonctive(conceptualisé par Gilles Deleuze)
posted at 17:23:00

【ミステリーとして読む『存在と時間』】53年『存在と時間』第7版の前書で「前半部」なる文字削除、同年刊『形而上学入門』が「後半部」だと暗に仄めかすその第1章冒頭で「だがしかもなお!」と来る。この時、ハイデガー64歳。いつまでティーンネージャーズ荒野ひきずってんの?って感じ。恁麼
posted at 19:37:31

【ミステリーとして読む『存在と時間』】Und dennoch! Yet!ないしAnd still!、なんかエロいよね。さておき、Ereignisは英語ならhappening,event生起であり創文社全集版の〈性起〉は華厳の用語を当てているから「せいき」ではなく「しょうき」と読む
posted at 23:04:21

【ミステリーとして読む『存在と時間』】よりも鈴木大拙『日本的霊性』をまず読んでかかるべきだwいやマジで。ドイツ語を学ぶテクストとして最高峰であるという立場は変わらない。ミステリーの語源もイキ。ついでに性起=仏の立場から見て現象はその真実の本性に従って現れ凡夫から見ると縁起となる。
posted at 00:10:50

【ミステリーとして読む『存在と時間』】ハイデッガーの《臨界意志(欧米語訳にトライアル中)》の強度には注目すべきだし当方にも作動するものであるかもしれないと同時に、シュバルツバルトのローカルな風土性(和辻)持つものとして離接すべきだろうし、同時にこちら側の仏教概念の鍛錬契機を与え、
posted at 07:27:06

【ミステリーとして読む『存在と時間』】こちら側の仏教概念の鍛錬契機を離接的に与え、という消息を悟るには川原栄峰訳『形而上学入門』平凡社ライブラリーのキャスティングが良い。訳者は高野山真言宗権大僧正でもあった。その訳者後書きが秀逸。加えて木田元の解説が大トリ。シュピーゲル対談も付く
posted at 09:22:47

【ミステリーとして読む『存在と時間』】あくまで梃子としてのif話、縄文人における被投性や死に臨む存在、不安、配慮がどうであったか想像するのは無駄ではない。実はコレ『鏡の背面』『人イヌにあう』でローレンツが近い仕事をしてる。もしハイデガーが犬を飼ってたら20世紀修道士としての限界を
posted at 11:34:59

【ミステリーとして読む『存在と時間』】〈20世紀の修道士〉というのは揶揄ではない(妻帯してたけどね。エルフリーデ・ペトリはルター派)。犬の比喩も誰だったか忘れたが自分(飼い主)を見上げる愛犬の視線は人の神への視線だと言った人がいるし、もちろんハイデガーはそうじゃない神を見ようと、
posted at 11:51:51

【ミステリーとして読む『存在と時間』】「見る」も〈内在〉=アレテイア=〈非隠蔽性〉の「開けて露わなこと」とした訳で「ご開帳」ではないだろう。秘すれば花、何事のおわしますかはしらねどもとの異同はまだよく分からない。だから50年代ハイデガーが例の「道」を「タオ」と言ったからと言って、
posted at 12:06:38

【ミステリーとして読む『存在と時間』】相好を崩すのはよろしくない。そのへんの厳しさは『言葉についての対話―日本人と問う人とのあいだの』平凡社ライブラリーにしっかり現れているのだろうが、残念ながら手元にない。
posted at 12:18:51

【ミステリーとして読む『存在と時間』】揶揄ではない〈20世紀の修道士〉はまさに第一次世界大戦後半から終結1918年あたりに開闢する20世紀という条件付け、制約、限界を指したい訳で、返す返すも戦前戦中の和辻哲郎と京都学派は並置並行の枝折り(siori)ある応接をしたよなという思いが募るわけで。
posted at 12:27:45

【ミステリーとして読む『存在と時間』】今世紀、21世紀の存在と時間はなどと締めるつもりはさらさらないが(まだまだ続くよw)テリー・ウィノグラード(『組織とグループウェア』参照)らを嚆矢とする認知科学Cognitive Science認知工学への応用が始まってるのは同慶の至りと。
posted at 12:37:42

 

[聖マルティン(マルティヌス)の画像のAttribution:By GFreihalter (Own work) [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons]

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