ビックカメラが入ってるハルク近くの路地、道幅4メートル。そこから見上げると5階建てほどのビルの、高さ○メートルという客観的なスペックだけでは計り知れない「威容」で迫って来ることに気づいた。距離を取って町並みとしてみればよくある雑居ビルに過ぎない。
圧倒的な暴力(神話的暴力)による破壊を含む〈威圧距離(外力との距離)〉の直下で310万人の人々が押し潰された。これは動かしがたい事実だ。その様を目の当たりにした人々(その距離)、そしてそれを語り伝える人々と語りによる距離、さらに忘却と模造記憶の連関。忘却以前にそもそも「知らない」という白紙状態に限りなく近接する時間レンズの無化。
「僕はその時、その直下にいた」。そして生き残った。この威圧距離は、或る「図式」によって捨象される。この図式が安易に適用されてしまう後景には進歩史観(という単純すぎる図式パターン)があった。向こうから来る人が男性であるか女性であるかを見分ける程度のパターンが、この威圧距離に適用できるわけがなかった。進歩史観と統整的理念の働きとをまず峻別することから始めよう。
PS.オマケ
50メートル級に近い威圧景観を写メ。


