編集機関EditorialEngineの和風良哲的ネタ帖:ProScriptForEditorialWorks -38ページ目
ということは〈戦後史〉なんてものも、ナイというべきかもしれない。

来年2015年は戦後70年、敗戦後70年なので、何かまとめる機にしようと昨年の10月あたりから思い始めた。夏が近づくので扇風機を引っ張り出しておこう、大晦日なので年越蕎麦を食おうというのと大差ない、ということにしておく。要するに区切りであり、しおりである。

それで、NHKオンデマンドで「日本の戦後」を観ている。70分ものを216円で観ることができる。「第5回 一歩退却二歩前進 2・1スト前夜」を観て、一昨年亡くなられた地井武男さん演じる伊井弥四郎の姿を見て思ったことが「サヨク的、なんてものはナイ」ということだったのだ。

続けて思い出したのが、秋田明大、山本義隆などいわゆる請われて「議長」になった人物たちに、好漢が多いのは何故だろう?ということだった。ここに吉本隆明の名を加えてもいい。吉本も1950年代に勤めていた会社の労働争議で「議長」に推され、その争議の敗北によって失職している(その後の話も押さえておく必要があるが次回にしよう)。

もうすでにここに「労働争議」などと使うとサヨク話ね、と感じてしまう感受性が通念にさえなっているはずだが、それは違う。サヨクとは事後的な符牒に過ぎない。確かに「2・1スト前夜」を観ると、ゼネストの画策とその中止の顛末には日本共産党がコミンテルン指令のもとに計画的に関わっている。そこだけ見れば、これは政治的には左翼が敗北した事件である。しかし地井演じる「伊井弥四郎」は、政治的左翼の立場にない。じゃあリベラルなのか?、と言えばそれも違う。違うというのはそういう語で覆ってはいけないという意味だ。これはその後の彼の人生を見ても明らかだろう。

要するに、サヨク的なる語と感受は歴史を〈把捉〉する目の解像度を極度に劣化させるだろうということ。さらに延展すればマルクス主義という語は、ますます劣化させるだろう。マルクス主義という語が日本で浸透していくのがいつかは特定できるが、ではマルクス主義のマの字もない時代の動きを見るとき、いったいどう記述するのかという問題だ。すでにそこにあって〈生きられている〉モノ・コトへの名付けにすぎない名辞名称としても、マルクス主義やサヨク的は、あまりにも貧しすぎる。たとえば明治時代以前に起きた百姓一揆はマルクス主義とは無縁だが、これさえも戦後特に、階級闘争史観によって単純図式のなかに切り取られてしまう、そういう物の見方を助長した。もちろんこれは戦後に限らない戦前・戦時下どころか明治末期・大正時代から行われ始めた図式化だが、敗戦後はこれが「進歩的知識人」によってより一般的に広範にばらまかれることになった(占領軍GHQはこれを「反共」の域を超えない程度にコントロールしたが)。

この意味でのサヨク的とかマルクス主義的とかいうレッテルは、当然にも他の言葉に置き換えることができる。それはレッテルではないかもしれないし、そのような言い換えはなかなか難しいことでもある。同じ事は当然、ネトウヨとか右傾化とか「右」についても言えるのである。

一つだけはっきりしているのは、レッテルではなく「マルクス主義」という〈概念〉を透徹したものにしようとするのなら、それは「暴力革命と前衛党の建設」という主題を「理性に付属する歴史」というロシアを含む欧米的なフレームの中にいったん置き、その〈土着化〉とは何か?という主題に置き換えることだ。つまり、レッテルとしてのマルクス主義を破棄したうえで上の主題を主題として見切ることができるかどうか、ということだ。ここに透徹しないマルクス主義という語はサヨク的と同じレッテルとして、今やアウトオブデイトな腐ったレッテルとして死んでいくだけだろう。言い換えれば、サヨク的な事象に限らない話だが、発生論的史学、〈源泉〉の構造を取り出すための歴史へのアプローチってことになる。

(続く)