編集機関EditorialEngineの和風良哲的ネタ帖:ProScriptForEditorialWorks -27ページ目
テロとの「戦い(War)」と言いながら、そこには〈戦略〉も〈戦術〉もないのではないか?

「テロとの戦い」と初めて言ったブッシュ当時には、かろうじてあったと言えるかもしれない。

しかしそれはもはやとっくに失敗しているし、どころかその失敗がもたらしたものこそ、現在のテロの変容であり、テロ集団の現実だ。

ブッシュの時代には戦略・戦術が確かにあったと言ってもいいだろう。

第七艦隊と地上軍の投入だ。

それは「核兵器開発中の」アダム・フセインの掃討を大義名分として行われたが、「壊滅」を掲げなければならないようなテロ組織は、まだ存在していなかった。(タリバンやアルカイダは、現在のテロ集団とは異質だった。もちろん繋がりは現在にまで尾を引いているにしても)。

まだあの時代は、悪の「枢軸国」であり、実体としての国家を名指し得た。

だからこそ「壊滅」などと言うことがなかったのだ。

しかし現在のテロは全く異なる。国家ではなく、国家を僭称する武装集団だ。

国際法も通用しない。

ではなぜ、あの「テロとの戦争」が失敗だったかと言えば、

アダム・フセイン掃討(処刑)、ヴィンラディン殺害(準リンチ)によって、

「敵」の掃討が、掃討どころか敵兵の「増殖」をもたらしてしまったからだ。

それが現在だ。この増殖は、止む気配など見せていない。

ブッシュの「テロとの戦い」は、このように誰の目にも明らかなとおり失敗している。

「敵兵」を倒すつもりが、「敵兵」を増やしてしまったという意味で、とんでもない失敗である。

ここに至ってアメリカが大きな動きを見せないでいるのも、

アメリカは、この失敗をさすがに分かっているからだ。

にも関わらず、各国首脳はアメリカ大統領ブッシュ伝来の「テロとの戦い」を、

オウムのように唱え続けている。

よく考えて見てほしい。いったいどのようにして「テロと戦っている」のかを。

すべては事後である。テロ事件が起き、犠牲者が出た後になって、

決まって唱えられるのが「テロとの戦い」というオウム返しではないか。

テロと戦ってなどいないのだ。そもそもテロと戦うことなどできない。

戦っているなら、

テロによる犠牲者が、あっという間に出来してしまうなどという事態になりようがないはずなのだ。

誰もテロと戦ってなどいない。もともとが矛盾に満ちた言い回しだったからだ。

そのブッシュの「テロとの戦い」における「敵」は、変容を遂げた。

その変化をもたらしたものも、またブッシュの「テロとの戦い」だ。

新しい戦略・戦術がつけ加わるべきではないのか?

しかし、そのような戦略・戦術などありうるのか?

日本国内でもテロはすでに起きている。地下鉄サリン事件だ。

13人の方が犠牲となり、今も約6000名の人々が後遺症に苦しんでいる。

日本には海外からのテロ攻撃を受けた経験は幸いにもない。

しかしテロの経験はあるのだ。イスラム過激派のテロとの違いは何か?

その思想・主張が異なるだけで、まったく違うところはない。

テロはあのように起きる。パリ新聞社襲撃事件と地下鉄サリン事件は、

テロとして全く異なるところはない。

これとどう戦うのか?

第七艦隊どころか、空母一隻も持たない日本にとって、

「テロとの戦い」とはなんなのか?

だから防衛費を増強するのか? 最新鋭の武器・兵器を増やすのか?

違うだろう。空母や大陸間弾道ミサイルで、テロは防げない。むしろテロを増殖させる。

このことはパリ新聞社襲撃テロが空母シャルル・ドゴールのペルシャ湾への派遣直後に起きたことから見ても明々白々ではないか。


もちろん「戦争」によって、テロの人質を救い出すことなどできない(戦闘と戦争を峻別せよ)。

空母やミサイルで地下鉄サリン事件が防げただろうか?

防げたわけがない。

「テロとの戦い」というブッシュの言葉には、

このようなとんでもない飛躍と矛盾が含まれている。

SWATのような特殊部隊を増強するのか?

それは必要かもしれないが、どちらにしても「事後」であって、

テロから防衛し、テロを抑止する戦略・戦術にはなりえない。

そもそも「テロとの戦い」とは、政治思想に過ぎず、政治ではないからだ。

リアル政治にこそ戦略・戦術が必須であり、そこからしか戦略・戦術は生まれない。

リアル政治は「敵」を名指すことができるが、国際法の通用しないテロリストを、

「敵」と名指すことはできない。国家ではないからだ。だから、あの武装集団の自称こそ、「テロとの戦い」をものともしない実に戦略的なものなのだ。

その戦略に対して「(政治思想に過ぎない)戦い」を唱えれば唱えるほど泥沼化する。

それこそ「敵」の思うつぼなのだ。言いつのればつのるほどリアル政治が崩されていく。

この崩壊を望む者がいるとすれば、それは武器商人だけだろう。

リアル政治のうちで、テロとの戦いにもっとも近接しえるものがあるとすれば、

〈外交〉のはずだ。ここにこそ、新しい戦略と戦術は付け加わるべきだった。

残念ながら、今回のイスラエルを含む中東訪問という〈外交〉は、

まったくもって旧態依然の欧米先進国のオウム返しに過ぎなかった。

いまこそ〈外交〉に新しい戦略・戦術を加えない限り、

日本は、いや世界が危ない。

「敵」はテロリストではない。とりわけあの武装集団の温床の一つとなっているのは、〈国民国家の危機〉である。国民国家の危機こそが「敵」と言っても過言ではないだろう。

ではあなたはテロに反対しないのか?こういう聞き返しがすぐにやって来ること自体が、

すでに「テロとの戦い」が失敗していることを証明している。完全に「敵」の術中にはまっている。

(各論続く)