学部時代、故・中村敬治先生の下でアメリカン・ポップアートを学んだ。 その仕上げがマルセル・デュシャン論だった。昨日、布施英利氏のツイートを見て改めてデュシャンの『遺作』の衝撃が蘇って来たので記録しておく。 布施氏の旅の写真は実に貴重。デュシャンは「タブロオ」を伽藍建築の構成素であった時代(天井画とか壁画から切り離される前の時代)に戻そうとしたのではないか?同時にそのように「観る」ことに対して特別な仕掛けを施したのではないか?そういうことを色々とハッキリと示唆してくれる記録写真になっている。

また扉の上に在るダヴィンチの『最期の晩餐』も、この写真の距離で観るほうが、例の〈逆三角形〉がハッキリ確認できる。多くの人は――布施父子も当初の目的はそうだったわけだが――この絵画を見ようとそこに立つわけで「扉」を観に来るわけではない。しかしデュシャンは、ひょっとするとそのように意図して『遺作』を制作したのかもしれない。 ところでアメリカン・ポップアートはポップカルチャーでもなければサブカルでもなく、いわんやカウンター・カルチャーなどではなかった。デュシャンはコンセプチャル・アートの括りで語られることが多いが、これも違うだろう。 不思議なことにアンディ・ウォーホルは、古びたと思えるのに、その他のポップ・アートは全く古くないと思える。 あらためてお復習いしてみよう――アメリカ精神史の相の一つとして――という意欲が布施さんのツイートでモリモリ湧いて来ている。感謝。

 

なお、マルセル・デュシャン『遺作』は通称で、題名フルネームは 「Étant donnés 1.水の落下、2.照明用ガス、が与えられたとせよ」

[扉]に開けられた小さな二つの「穴」を覗くと、以下の光景が見える仕掛けになっている。

 

 

PS.中村敬治先生の遺作

 

 

AD